横浜善光寺留学僧育英会
The Yokohama Zenkoji Scholarship Foundation for International Buddhist Study

育英会趣意・役員名簿

 平成23年6月1日
横浜善光寺留学僧育英会趣意書
 宗教法人 成寿山善光寺
         黒田博志

 ゼロからの出発。
 師父、大圓武志大和尚が善光寺を開創致しましてより39年目を迎えております。
 師父は善光寺経営基盤のほぼ確立したことを実感し、開創15年を記念して1984年『善光寺海外留学僧派遣育英会』を設立しております。
 当時の設立趣意に鑑み、『いまや、人類は宇宙時代に入り、時間的にも空間的にもその距離は著しく短縮され、世界はあたかも一国の観を呈しております。が反面人類はかつてない民族、宗教、イデオロギー、地球環境、さらには恐慌に晒され、不安と絶望の危機に見舞われております。これは明らかに現代社会の悲劇であり解決の糸口さえ見つからないでいるのです。翻って今日ほど仏陀釈尊の教法宣布を必要とするときはない。しかるにわが国は、世界最大の仏教国でありながら、仏教界は遺憾ながら世界の大勢に即応、教化の実を挙げる態勢に欠けているように思います。世界の中の日本、日本の中の仏教、仏教と私、その自分の存在を認識するとき唯あぐねているだけでは罪が深すぎる。「どうする、どうしたらいい」。寺の開創時、私の信念は一体なんだったのか煩悶する。日本の仏教は杜会参加、社会貢献、実践力に欠けているという、世界の非難を私は敢えて率直に甘受する。私なりにみ仏のご加護のもと脚下を反省、懺悔しながらその使命と責任を果たすべく、開創時の精神に立ち還る。また設立までの経緯について、元来横浜の小さな寺、所詮、大は望めない。それでもひとりでやれることは、あまりにも小さく限りある。だから衆知を集める必要がある。さいわい檀家、檀信徒各方面、かかわる方々から強力なご支援とご浄財により設立、派遣できる目処が立ちました。かつて私は自らの信念に駆り立てられ、大本山永平寺僧堂安居を修し、その足で仏舎利奉拝日本一周行脚を敢行、さらには仏教の原点、インドに赴き仏蹟を巡拝、帰途タイバンコクに上座部仏教比丘として、九旬安居を修し、ざらに渡米、ロスアンゼノレス禅センターで2年間欧米人に開教師として参禅教化に努める。この間いただいた尊い仏縁がその後の私の生き方と人間形成の土台となったことを覚えます。この尊い仏縁を、若い人々にも経験してもらいたい。そして機会提供に精進したいという念願、それこそが私の育英会設立の根本の動機であります。仏天のご加護により「法輪転ずるところ、食輪おのずから転ぜられる」の教え、海外留学僧派遣も制度として善光寺自力以って軌道にのせることができました。』と経緯、その趣旨を述べております。
 以来師父遷化のその年まで、実に21年間1年欠くることなく派遣と海外からの受け入れは、述べ116名に及び留学僧が巣立ったことになります。育英生の雄飛は世界規模となりいまや各国各界で大活躍いただいています。
 病床に在り、命旦夕に迫った師父『いいか、育英会は善光寺の使命であり、支柱である。お前の代になっても限りなく続けて欲しい。たとえ1人でもいい、頼むな。』 あれから三年、『宗祖を通して釈尊に還る』を支柱に、三年父の道改むることなく、私も寺を継承し、内外の掌握も漸く出来たと実感、諸々関わる方々の絶大なご教導とご支援を賜わり、ここに横浜善光寺留学僧育英会の再開を宣言致します。
 志望されるお方には国籍、宗教、宗旨、男女を問いません。要は仏道を通じて世界に貢献したいというグローバルな視野をもち、仏教の興隆、世界の平和を実現したいという、道心堅固な人、人材の集せんことを念願しています。



平成23年 横浜善光寺留学僧育英会役員 (敬称略)

 名誉顧問
  南澤 道人 
  東   鱆チ
  五十嵐卓三
  黒田 俊雄


〔大本山永平寺 副貫首〕    
〔金沢 大乗寺 山主〕
〔山形 善宝寺 住職〕
〔本寺 光真寺 住職〕

 顧 問
  木村 清孝
  大藪 正哉
  佐々木宏幹
  福田 孝雄


〔国際仏教大学院大学 学長・日本印度学仏教学会理事長〕
〔筑波大学 名誉教授・東京 天徳院 住職〕
〔駒澤大学 名誉教授〕
〔山形 高松寺 住職〕

 理事長
  黒田 博志 


〔横浜善光寺 住職・第16回育英生〕

理 事
  山口 晴通
  新美 昌道
  熊谷豊太郎
  安藤 嘉則


〔小田原 成願寺 住職〕
〔東京 福厳寺 住職〕
〔横浜善光寺 総代〕
〔小田原 潮音寺 住職・駒沢女子大学 教授・第6回育英生〕

参 与
  ダンカン隆賢
  真野 大成
  胡   建明
  藤田 一照


ウィリアムス  〔第14回育英生〕
〔第14・15回育英生〕
〔第12回育英生・中国天童寺顧問兼駐日代表〕
〔第9回育英生・曹洞宗国際センター所長〕



育英会 設立趣意

  善光寺を開創して15年を閲しました。ゼロからの出発ではありましたが、法輪轉ずるところ、食輪自ら轉ぜられております。これ正に佛天の御加護と大方の諸大コ諸賢の御協力御支援の賜と感謝にたえないところであります。
  宗祖を通して釈尊に還ることが私の宗教生活の帰趨とするところであり、この信念が私をして佛舎利奉拝日本一週行脚、インド佛蹟巡拝、そしてタイ国留学に駆り立て、更には欧米人と参禅を共にすべくアメリカへ向わせたのであります。そしてこの間に頂戴した尊い佛縁が、私の今日をあらしめる土台づくりとなったのであります。
  いまや人類は宇宙時代に入り、時間的にも空間的にも距離は著しく短縮され、世界はあたかも一国の観を呈しておりますが、反面、人類はかってない不安と絶望の危機に見舞われております。これは明らかに現代社会の悲劇であり、今日ほど佛陀釈尊の教法宣布を必要とするときはないのであります。
  しかるに、わが国は世界最大の佛教国でありながら佛教界は遺憾ながら、世界の大勢に即応して教化の実を挙げる態勢に欠けております。ここに海外生活を通して広く世界に活眼を開く人材育成の重要性を痛感するものであります。
  よって善光寺は開創15周年を期して報恩行の一端として、海外に留学僧を派遣し、人材の育成をはかり、もって、佛教を振興し、世界の平和、人類の進運に寄与せんことを願い、海外留学僧派遣育英会を設立するものであります。


 
昭和59年1月15日

宗教法人 成寿山善光寺 住職
横浜善光寺留学僧育英会 初代理事長
            黒 田 武 志


名称変更について

「善光寺海外留学僧派遣育英会」設立趣意書に述べてありますように、当初は日本人留学僧の海外派遣を目的として発足したのでしたが、海外よりの留学希望者が逐年増加しており、派遣と受け入れの双方を考慮して対応せざるを得なくなりました。
次に、事業主体を単に「善光寺」としたため、かの有名な善光寺と誤解する向も少なくありません。
それらの事情を勘案して、次のように名称を変更致しました。
尚、これに伴い、規定・細則の関連条項も名称変更の線に沿って改正しました。

新名称 : 横浜善光寺留学僧育英会

 平成5年2月6日

理事長 黒田武志


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