タイ・世界仏教徒連盟でスピーチ

講 演  2002年10月13日

演 題 「坐禅の姿がそのまま仏」
(←英訳 English)

 善光寺住職 黒田 武志

  ただいまご紹介に預かりました黒田武志と申します。
 日本の首都東京に近い、横浜の善光寺という寺の住職をしております。本日は、世界仏教徒連盟本部のお招きで皆さんと出会う機会をいただき、感謝しております。
 日本には「一期一会」という言葉がございます。いつどんなときも一生に一度。今この出会いは再びない、かけがえのない機会。この出会いも偶然ではなく、み仏のお導きであると教えております。こうして、この会場にいる皆さんのお顔を拝見しておりますと、この機会を無駄には出来ません。大事に過ごして参りたいと思っています。おひとり、おひとりの澄み切ったお顔の輝きに驚かされますとともに、心の温かさが伝わってまいります。さすが、九五パーセントが敬虔な仏教徒という崇高なお国柄、その国に生を受け、尊い「み仏」の懐に抱かれ、篤い信仰の中で成長してきた方々なんだと、感銘を深くしております。
 私の国には、二十歳という大きな人生の節目を迎えた若い人たちに、厳粛なる成人の儀式があります。成人として認知され、選挙権を持ちますが、同時に大人としての権利と、人としての責任と義務というものが生じて参ります。子供ではないという認識と自覚を促す儀式なのです。
 昨今これに出席した新成人の一部が、携帯電話でおしゃべりをしたり、メールのやり取りをしたり、挙句の果てに酔っ払って、大事な式典をメチャクチャにしてしまう心ない若者もいたようです。二十歳で剃髪して得度出家しようなんて、そんな若者は皆無に等しい。タイ国の上座部仏教のニニ七の戒律の話など聞いたら、目をまん丸にして、「信じられない!」ということでしょう。
 でもね、私は信じているんですよ。釈尊の真の教えが、いつか伝わる日が来るであろうことを、そしていずれ、そうした一部の日本の若者にも、皆さんのような、内なる美しい魂に目覚める目を持つ日が来るんだと。
 私も、皆さんと同じくらいに若かった頃、とても未熟でした。自分がいかにして生きるべきか、生き方が分からない。その答えを模索しても見つからず、もがき苦しんだ日々がありました。皆さんの中にも、私と同じように悩みを抱えている方が多分にいらっしゃると思います。若い自分は大いに悩み苦しんで結構。ただ大事なことは自分が成長するためには、いったい自分にどんな力がつかねばならないのか、どんな人格的変化が生じなければならないのか、よく考えてみることです。
 私も悩み多き青年雲水時代を味わいました。日本では、禅の修行僧のことを、行く雲の如く流れる水の如くと書いて雲水というのですが、私も行により救われました。皆さんも大丈夫です。しっかりとみ仏さまにしがみついていれば、必ずみ仏は、みなさんをすばらしい未来へと導いてくれますから、深く仏道を信じて安心しておまかせしていればいいんですね。
 そうですね、もう、四十年も前のことになりましょうか。自分がみ仏に生かされている存在だと気づくまで、随分時間と労力と勉学のときを費やしてしまいました。多くのこだわりの心やとらわれの心に振り回され、今思えば、全ては懐かしく決して無駄ではなかった。
 当時日本では、托鉢して修行するというお坊さんはほとんどいなかった。もともとタイの仏教と日本の仏教は原点(お釈迦さまの教え)は同じでも、行と布教と理解の有り方に基本的な違いがあります。これを一言で語ることは出来ません。
 お釈迦さまの種は、八万四千。その種は宇宙空間を舞い、夫々の国に降りてきた。そして国々の風土や固有の文化、国の特性、社会変動によって、多様な信仰に展開。さまざまな仏教という花を咲かせてきた。日本の仏教もその中の一つです。
 私は日本全国を托鉢行脚いたしました。日本の交通標語に「狭い日本そんなに急いで何処に行く」とありますが、狭いというても歩くと一万キロになる。ここ、タイの国では、托鉢するお坊さまの尊い姿をよくお見かけすることができますね。タンブンをするという、すばらしい習慣が今も息づいています。お布施をした方が、「タンブンさせていただきまして幸せになることができます。ありがとうございます」とお礼をいう。
 布施をして、感謝すべきは、与えた側で、受け取った側ではない。これは「もらっていただいてありがとう」という。日本の国とはまったく異なる習慣で、私はこのタンブンのお話を聞くたびに、「感謝の気持ちにいつも満ちている」タイの方々の心の清らかさを感じずにはいられません。
 申しましたように日本では、そうした托鉢修行の習慣は、ほとんどありませんでしたから、私の托鉢行脚修行は、口ではいい表せわせないほどの苦痛を伴ったものとなりました。飢えと寒さと恥辱感。途中「いったい私は、何をしているんだろう」と自暴自棄になりそうになったときもありました。粗食を食い、水を飲み、ひじを曲げて枕とするような苦行。日本はタイ国のように温暖ではありません。灼熱があったり、風雪が厳しかったり、四季折々あらゆる変化がやってまいります。ただ歩くだけではない。家々が受け入れてくれない、迷惑そうに追い出されることも少なくない。そんな中、感謝する心も言葉さえ失ってしまっていた。しかし、どん底の中で毎日毎日托鉢三昧の生活を続けておりますと、ある日ふと、不平不満ばかりいっている自己の姿に気づく瞬間がきたのです。「私は、僧侶じゃないか。自分のことなんか気にしている場合じゃない。私の今やるべきことは、ただひたすらに人の幸せを願ってお経をあげることじゃないか」と気づく。そんな自分にサーッと霧が晴れるがごとく答えが見つかると、今度は、み仏に生かされている自分を見て大いなる感謝の気持ちがあふれ出てきたのです。
 不思議な体験でした。今思えば、み仏が救ってくれたように思えてなりません。ですから、皆さんもきっと、そんな瞬間が、今に訪れると思います。とくに、こんなに信仰心の厚い、すばらしい環境に恵まれた国で暮らしているのですから、きっとそれは、早い時期に訪れることでしょう。
 修行というものは、人のためにするのではなく、「自分のためにする」という自覚。大事なことです。させられているのではないということです。タイの環境では私の申し上げていることは理解しにくいかも分かりません。これでも日本は仏教国なのです。
 私も若き頃、いろいろと周り道をいたしましたけれども、何か托鉢行で人生観が変わりました。あらためて私の学んできた仏教の宗派であります日本曹洞宗の大本山、總持寺での本格的修行生活に入りました。以前にも修行していたのですが、その頃は迷いが多すぎて身につかなかったのですね。
 さて、ひとつの宗派であります曹洞宗は、道元禅師を開祖としておりますが、その説かれた道につきましては、また後に詳しく述べたいと思います。曹洞宗總持寺で修行の後、さらに自分を高めたいと思いまして、仏教の原点でもある上座部仏教が今なお脈々と息づいている、ここタイ国のワット・パクナムで修行させていただき、得度をさせていただきました。きっと、今も、あの当時のままの修行生活を皆さん続けておられるのでしょうが。
 手のひらの線がやっと見えるくらいの薄暗い頃から托鉢をし、早朝と正午の食事以外は、瞑想と仏教学、パーリ語学などの勉強。原始仏教以来の伝統を護り通し、ニニ七という厳しい戒律の実践を中心として広く人々の精神を高め導いてくれる。上座仏教修行の体験は、私にとってこの上なく尊い精神的財産となっています。
 体験済みの方が多いかと思われますが、皆さんは、やろうと思えば、いつでもあの清浄で崇高な体験を得ることができるのですね。タイ仏教の伝統においては、男性は若くして一度出家することで、一人前の成人として認められるとうかがっております。日本の仏教にはこんな習慣も、伝統も有りません。上座仏教と大乗仏教の大いに違うところです。お釈迦さまの「真理」はひとつでも、ところ変わればその表面はずいぶん違ってまいります。もちろんどちらが良いとか、悪いとかという次元の問題ではありません。
 伺いますと、タイ国屈指の名門チュラロンコン大学の医学部を中心とした学生さんたちが、毎年、ワット・パー・スナン寺で短期出家修行プログラムに参加し、限りなく人間性を磨いていらっしゃるという。これなど、日本でもたいへん驚きとともに話題になっております。高いレベルの勉学に励みながら一様にこの修行プログラムに参加しているという。素晴しいことです。はじめての厳しい修行で最初は戸惑う方も多かったとききます。
 一方日本の若者でしたら、多分に「やってられないよ」とすぐに弱音を吐いてしまうかもしれません。しかしながら、タイの学生さんたちは、お寺の生活に慣れてくるにしたがって、それぞれの持ち味を発揮しはじめ、瞑想修行へも真剣に取り組み、毎日時間を見つけては、アチャーンと法(ダルマ)に関する問答をするなど、仏陀の尊い教えに真摯に向き合う日々を過している。私は、この話をきいたときには、本当に、命かげで患者さんの命と、そして心と向き合うことができる、真の「医師」が誕生することは間違いない、と確信いたしました。
 日本でもぜひこのようなプログラムが医学部の必修として取り入れられれば、医療ミスを隠したり、お金を優先するような不心得な医師は存在しなくなるのにと思うのです。
 日々、修行の道を選び歩むタイのお坊さまたち。最上の尊敬の念をいだかれ、人々に手を合わされるのがあたりまえの崇高な存在なのですね。仏陀の教えを忠実に聴き、心のまなこを開こうと修行するタイのお坊さまたちは、社会では貴賎を問わず人々の心の師であり、よき相談相手。恵まれない人々に積極的に手を差しのべ、み仏とともに歩む本来の「仏弟子」のお姿そのまま表していらっしゃる。
 日本においては、「苦しいときの神仏頼み」といった言葉があります。多くの人びとにとって宗教は、その人の人生において問題がなければ無縁の存在であるといったような考え方がどこかに潜んでいるよう思えます。私は宗教というものは、多くの人びとに永遠なるものへの力と信仰を与え魂の救いとなってきたことをよく承知しております。宗教を信じるものも信じないものも「人間愛」の精神だけは失わせないために、救いの場と影響を与えていきたいと信念しているのです。
 私も、一人の日本の僧侶として、地球的規模で見れば、同じ原点を持つ仏教を学ぶ者の一人として、その仏弟子の末端にでも入れさせていただけるのではないかと、それをたいへん光栄に、そしてありがたく思います。気の遠くなるほどの年月のうちに、いろいろな解釈のしかたによってあらゆる宗派が枝分かれしたとしても、お釈迦さまの教えを正しく伝え実践し、生命の尊さの自覚、世界平和の実現、自然環境との調和、後世の真の光明となるように日々精進していきたいという気持ちは、仏教を学ぶ者はみな同じでございます。
 私は、常々、「宗祖を通して、釈尊に還れ」を私の仏教生活の原点として心に刻んでまいりました。私の寺、横浜善光寺の宗旨は曹洞宗(あるいは禅宗)と申しまして、宗祖は道元禅師さまだということは先程お話いたしました。曹洞宗は今から七百六十年以上前に開かれ、今年二〇〇二年はちょうど道元禅師さま七百五十回大遠忌にあたり、日本全国一万五千か寺の中から、また海外からも、その法系にあたられる高僧のみなさまが一同に集まります。そして、この道元禅師さまの四代目にあたられる瑩山禅師さまというお方が、曹洞宗を民衆にもわかりやすく説きお広めになられました。そこで、このお二人のことを私たちは、宗祖として尊び、仏教を学ぶものに「お釈迦さま」を正しく教え導いてくださるから、宗門の父母にもあたられるお方として、両祖大師と申し上げております。
 道元禅師さまがどのようなお方で、どのように仏の道を説かれたかを、みなさまにお話したいと思います。
 道元禅師は、「仏祖が正しく伝えられた国では、みな、仏法僧を敬っている」とおっしゃっています。ここタイ国はまさに、仏と自分は一体、それを究極の心のよりどころとして三宝に帰依している、まさに、禅師のおっしゃるところの「国民一人一人の中に釈尊の命が息づいている」国ですね。
 「仏道をならふとは、自己をならふなり。自己をならふいふは、自己を忘するるなり。自己を忘するるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるというは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむることなり」これは、道元禅師の表した『正法眼蔵』という代表書物の一説です。たいへん難解な仏教書だといわれておりますが、人間の根源的な在り方、生き方をさまざまな言葉で伝えてくださっているものです。
 この一説の意味は、「仏の道を学ぶということは、実は自分自身を学ぶということだ。自分自身を学ぶということは、身についた知識や経験、思慮分別を捨て去ること。我執を捨て去り、生まれたままの純粋な、清浄な自分を取り戻すことである。自分というとらわれを離れ、この瞬間瞬間の「今」の自然の流れに身をまかせ、大自然そして地球、そして宇宙と自分が一体となれば、何のわずらいもない。それが真理の中にいるということである。その真理の中で生きていけば、身も心も、一切の束縛から離脱して自由になり、自分ばかりか接する人々をも自然のままに清浄にできるものである」と教えています。
 「自分を忘れること」今の若者にとっては大変難しいことかもしれません。現代に生きている人々は、さまざまな欲望があり、何か、目的を持って「自分のため」に生きようとしてしまいます。そんな生き方の延長線上にあるものは、憎悪・競争心・対立・紛争・貧窮・飢餓・自然破壊・地球破壊、その延長線上には人類の滅亡かもしれません。
 自分が、自分が、といっているようで、実は「世間のものさし、世間の見方」の奴隷になってしまっている。
 「自己をならふ」ということは、自分自身が、「仏さまに生かされている存在だ」と気づくことです。人間が宇宙の森羅万象を査定できるものではないのです。人間は、万法つまり、宇宙の真理を体得し、「宇宙の真理の一部として吸収されてしまうこと」が大切なのです。それが、仏道をならうということなのです。
 道元禅師は、この、難解な「自己自身の発見」のしかたとして、坐禅をすること、唯ひたすらに坐禅をすることを説いておられます。「坐」とは外なる環境に惑わされぬこと。「禅」とはうちなる妄想、雑念、襲い掛かる睡魔の欲望に惑わされず、宇宙と一体化することです。
 道元禅師のお言葉の「只管打坐」とは、坐禅に何の意義も条件も求めずに、ただひたすらに無所得・無所悟の立場から坐禅を実践することです。無所得とは、得ることのないこと。得ようとする心のないこと。無所悟とは、悟りを求める気持ちもないこと。こうした、澄み切った透明な心を禅では「平常心」と申します。  たとえば、毎朝洗顔をする。これは、汚れているから洗う、汚れていないから洗わないという常識的な清潔感の枠を越えた、無所得の実践です。タイの方々も挨拶のときに手を合わせます。そこには、人に対しての敬いの心が、無意識のうちに自然に出ていらっしゃる。これこそ「平常心」なのです。日本では残念ながら、何か願いごとや頼みごとをするときに、神仏の前で手を合わす習慣があるのみです。ただ、食事の前に手を合わすという美しい習慣もあり、これは誇れるところではありますが、現代は、そうして手を合わす若者も少なくなりました。
 道元禅師が教えてくださっているのは、坐禅の心、平常心の大切さであると思うのです。坐禅の心は、そのまま、仏の心であり、その実践している姿はそのまま仏のお姿。この坐禅の心は、日常生活の瞬間瞬間にでも実践できるのです。
 ごはんを食べるときは、ごはんをいただく。栄養とか味とか、健康とか気にせずに、ただ、ありがたくいただく。お茶を飲むときは、その瞬間に命をかけて一所懸命、ただ、お茶をいただく。お茶を飲めば,うまいだろう、癒されるだろう、こうなるだろう、ああなるだろう、などと雑念を入れずに。
 道元禅師がまだ青年修行僧だった頃、あるお寺に病気見舞いのために先輩僧を訪ねたときのことです。炎天下、庭で、シイタケを干している白髪の老人がおりました。暑いのに笠もかぶらず、腰は折れ曲がりよろけそうで、汗だくになりつつ、焼けるほど暑い敷石の上に、一枚、一枚、ていねいに並べているのです。その老人は、典座(食事の支度)の仕事をする老僧でした。若き道元禅師は、思わず、「ご高齢の老師がそんな仕事をなさらずに、誰か若いものにやらせてはいかがですか」 と声をかけました。すると、老僧は、「他の人のしたことは、私のしたことになりませんよ」 と微笑まれる。それでも道元禅師が、「ならば、お体にさわるといけませんから、少し休まれてはいかがですか」というと、「今のこの一瞬は、今しかないのです」。道元禅師は、その老僧の言葉をきき、愕然としたのですね。過ぎ去ったときは再び戻らず、不確かな未来は、割れたコップの破片と同じで、どのように割れるかわからない。この世の中で、最も確実なのは、『いま・ここ』の一点のみなのです。自分の健康や暑さや、そんなものに一切とらわれず、その一点に全エネルギーを集中して生きる。その老僧の典座の仕事は、坐禅修行と何ら変わるものではない!と、道元禅師は気づかれたのです。
 「いま・ここ」に全エネルギーを集中して生きることは、私たちの日常生活にわたって、実践できることです。いつも「平常心」で生きている人は、意識することなく自然に、布施つまり功徳・タンブンの精神が生まれ、むさぼらず、へつらわず、物も心も惜しみなく、「させていただく」気持ちに充たされているのです。そして、生きとし生けるすべてのもの・人にでも、慈愛を持って、我が子に対するがごとく思いやり深いやさしい言葉をかけることができるのです。
 自分が生かされていることに感謝し、人々が得するよう、幸せになるように願うようになります。そして、海があらゆる川の水を拒まないで受け入れるがごとく、自分と他人を区別しないで、生きとし生けるものをすべて救おうとする。
 この布施、愛語、利行、同事の四つの真実の智慧を、道元禅師は、「発願利生」の教えとして伝えてくださっています。発願利生の生き方をしている人は、そのまま、坐禅修行をしていると同じであり、生き方そのままが、仏さまのお姿であると思うのです。
 それは時代がどんなに変化しようとも、変わることのない、人間の根源的な美しく正しい生き方です。「今」を生きる人が、どの時代にも、仏さまの心、お姿で生きたとき、この世の中から、争いや憎しみといった言葉は消えてなくなることでしょう。
 私は、坐禅をし、気持ちが透明になったような瞑想中に、ふっと浮かぶ智慧、これは、仏さまが囁いてくだったお声だと思っているのです。「現代社会は破滅に向かって突きき進んでいるぞ。二一世紀に向かって、今、地球は悲鳴をあげているぞ。救いを求めているぞ。おまえは今、何をすべきなんだい?」無意識の中から沸き起こるそんな思い。
 そんな私は、仏教を後世に正しく伝える若者を支援し、さらに海外に留学僧を派遣しておりました。今から十八年前のことです。毎年毎年受け入れ、そして派遣し続けて、現在、留学僧は百六名、関係国はアジア欧米含めて二十カ国一地域、派遣国は十四カ国にのぼりました。
 当時私は、横浜善光寺を開創いたしましてから僅か十五年。そんな時分、一寺の一住職が実践するには、あまりにも無謀な壮大すぎる誓願でした。あの頃、それまで、生かされてきたことに対し、何か報恩できないかと常々思っておりまして、そんな中、坐禅中「み仏」のお声を授かったのです。あとは、み仏におまかせするだけでありました。
 そう、私自身が発想し、祈願し、行動を起こしたというよりも、み仏に身も心もおまかせしていたら自然に導かれていったという感じなのです。
 もしも、自分の行動が正しく、それがみ仏のお智慧ならば、自分ががんばろうとしなくても、必ず、花は開きます。現に私には、次々に、まさに「仏さまの化身」とも思われるような協力者が現れ、私を生かしてくださったのです。
 そして、地球的な規模で将来を見つめることができる広い視野をもち、仏法をもって世界平和に貢献していこうとする、輝く瞳を持つ若者たちがどんどん誕生して参りました。彼らは、その子々孫々へと、真の釈尊の教えを伝えていってくれることでしょう。
 今は、小さな種。しかし、どんなに小さな種でもいつかは芽をふき、大木となり森林となる。
 地球人一人ひとりの心の中に、「大宇宙の真理」坐禅の心がそのまま息づいており、そこには、国籍、民族、宗教宗派、文化、習慣、言葉、老若男女そうした垣根をいっさい越えて、一つの「いのち」として全人類が調和している未来が必ずあることを私はかたく信じています。
 あなた方は、二一世紀を力強く生きる、無限の可能性を、無限のエネルギーを持つ若き人類。仏さまの智慧と心が生きている、釈尊の末裔です。どうぞあなた方一人ひとりに、坐禅の心、釈尊の命を次世代に渡す代表選手としてバトンを渡させてください。そして、次の世代にバトンを絶え間なく渡していただきたいのです。
 いつか、どうぞ私の寺にもおいでください。もっともっとお話をしたいものです。横浜善光寺は国際的視野を持ついろんな国の若者が出入りして調和しております。未来の地球の小さな雛型のように。
 「一期一会」この宇宙からみれば一瞬の出会いを絶好の機会として、またすばらしいご縁が続いていきますように。
 日本の坐禅は、あなた方の国の瞑想修行とたいへんよく似ております。さらに、日常生活でいつもいつも他の人に慈愛をもって接するあなた方のお姿はそのまま、仏さまのお姿です。日本の坐禅の精神そのものです。日本の一部の,すさんで哀しく荒廃している若者にも、その心が伝わりますように、伝えてくださいますように。
 本日は、こんなにも多くの澄み切った瞳とのすばらしい出会いを、ありがとうございました。このような機会を作ってくださった世界仏教徒連盟本部の皆さまにも感謝いたしております。これもきっとみ仏のお導き。私の心も隅々まで,さらに清められたような気持ちが致しております。 (了)

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