成寿一覧表

ドイツでの講演を終えて

  八月初頭、ドイツ、アイゼンブッフ禅センター(大悲山普門寺)主催の「DOGEN 2002 高祖道元禅師七五〇回大遠忌記念ゼミナール」に招かれ講演する。のちパネルディスカッションで発言を求められ、西洋人が仏教に何を求めているのか、パネルを通じて痛感するところがあった。道元禅師の大遠忌円成も近い今、そのことを念頭に禅師さまに思い致しながらお話させていただいた。
 私を招いてくれたドイツ大悲山普門寺は、一九九六年禅センターとして開所。その後本堂・別館が落成し、九八年大本山永平寺貫首宮崎奕保禅師を拝請開山とする允許を拝受。以来、毎年のように永平寺から役寮の御老師方が訪ねている。僧堂として九九年二月に第一回の安居を修され、同寺主監中川正壽老師(慶応大学哲学科出身)は、八〇年以来、当地でその摂心指導にあたっている。パネルディスカッションには中川師とニーダーアルタイヒ修道院元院長のユングクラウセン神父、そして私が参加した。
  中川老師が道元禅師の生涯と思想についてお話しし、私は修証義について述べた。
  正法眼蔵の教えの中から短く分かり易い文章をもって人間が仏として生きてゆく具体的なあり方、すなわち方法と目標とその意義を明らかに説いた仏教のエッセンスであり、まさしく仏教徒のバイブルだと説明し、時代を超え、全てを超えた、他の宗門に類のない経典であること、さらに時代がどんなに変化しようとも変わることのない人間としての美しい生き方が示されている大切な経典であることを強調した。
  ドイツには既に独訳の修証義が刊行されていて、多くの出席者の殆どがその修証義を読んでいるようだった。また、私が駒澤の大学院を修行し、本山総持寺と永平寺で修行を重ね、全国托鉢行脚ののちには、タイ・インドへ釈尊の足跡を尋ね、上座仏教に身を委ねる傍らキリスト教を中心とした西欧諸国を渡り歩いた行履を紹介、その行履の中から、僧侶としてその存在と使命を実感したことを申し述べました。
  一見穏やかな雰囲気の中で講演が続いたが、会場がパネルディスカッションに移されたとたん、雰囲気がガラリと一変し、出席者から唐突に質問があった。何を訊かれるのかなと思っていると、いきなり、修証義の第十七節を読み上げ、「一体何を言っているのか」と問うてきた。因みに第十七節は、「諸仏の常に此中に住持たる、各各の方面に知覚を遺さず…」に始まり、「…其起す所の風水の利益に預る輩、皆甚妙不可思議の仏化に冥資せられて親き悟を顕わす、是を無為の功徳とす、是を無作の功徳とす、是れ発菩提心なり。」とあります。当然にして全てやりとりはドイツ語であり、私には日本女性のドイツ公認通訳士川路由美さんが協力して下さった。この人は仏教にも造詣が深く、私の書いたものは全て読んで承知しており、この日に備えてくれていた素晴しい通訳者だった。そのことの安心があって、思うがままに話が出来ました。
  まず私が申し上げたのは、「まさにこれがさとりのことなんです!」と。この質問は、言葉の意味や解釈ではなく、本質の本質、その根源的な証悟である「さとり」そのことが何なのか、それを知りたいのだと感じたのです。今ここにいるドイツ人が求めているのは学問としての修証義ではない。実践の書としての修証義の世界を是非知りたいのだと直感したのです。さらに私は言葉を続けながら、
 「ここに花があります」と私は指さした。
 「人はこのハナを美しいとか美しくないと思う。けれど花そのものは自分が美しいとか美しくないとか、そんなことは何も考えていません。人間であるわれわれが勝手にそう思うだけのことです。そう思うのはこの私の『おのれの心』なんです。昼に食べたカレーライスがうまかったと思うのは『おのれの心』がそう思うだけで、カレーライスはそんなことちっとも思わない。カレーライスとしてそこにあるだけなのです。美しい、美しくない、うまいうまくないという人間の意識でそこにあるのではない。花そのものの姿、カレーライスそのものの姿。人間と何のかかわりもなくそこに存在している。その姿をありのままに見る、知ることが発菩提心であり、仏教に謂う「如実知見」、欲望や先入観や固定観念を捨てて見る心こそさとりであり人の喜ぶ心なんです」と申し上げますと、ドイツ人はスッカリ安心して得心の笑顔を頂戴しました。
  ややもすると禅の専門家は道元の生い立ちや修行に終始し、生きてゆくうえでの実践につながらないもどかしさを、受け手は感じているように思えるのです。原理原則だけでは、全くといっていいほど西洋人には分からない。また専門家の方々が字句の説明を懇切丁寧に解読しても、彼らには全くといっていいほど分からない。分かろうともしない。ただ、仏教って何なんだ、さとりとは何だ。ということを実践を通し、現象の理を知りたい、知りたがっていると私は思っている。多分、多くの日本人もそれと変わらないものを持っていると思う。私の話は全て体験談、深くありません。しかし面白くもなく分かりもしない話に拍手を頂いたことは私を驚かすに充分だった。それだけに道元さまの偉大さをいまさらながら感得しました。

「諸行無常」が釈尊の大原理の教え
 拍手が止むともっと続けてくれというので、私は、インドのお釈迦さまが何を説かれたのか、出家前の釈尊が、お城にある四つの門を、四日にわたって違う門から出られた、あの話をした。これは生老病死つまり人間は生まれて老いてゆき、病気になって死んでゆく、このことを釈尊は深く捉え、世の中は全てに移り変わりがあり、諸行無常なのだということをおさとしになった。これが仏教の最も大切な、根本の教えであり、修証義の眼目だからこそ、その第一章に「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」と書かれてあるのだと説明したのです。
 私は、「生とは何ですか、死とは何ですか」と会場に訊いた。誰も答えない。そこで私は「死も生も同じなんです」と。「今を精一杯生きたら、明日とか何年先とかなんてないじゃありませんか」と。人間どんな生き方をしようとも結果は必ずついてくる、これが道理だったら人に喜ばれるように生きてゆこうじゃないか。もし、それでも悪を働いたら、そのときはどうするのか? その人は懺悔をしましょう。懺悔滅罪は修証義の第二章である。以下三章受戒入位、四章発願利生、五章行持報恩までのさわりを話したのである。  話が終わると神父は素晴しい「よかった! よかった!」といって下さった。神父はかって安谷白雲老師に学んだ人でもある。翌朝、私と顔を合わせた時道元さまの教えは素晴しいとまた感激を露にしたのである。
 さて、われわれ曹洞宗の僧侶は、既に八百年前に道元禅師さまから素晴しい教えを戴いていて、あとは修証義に書かれていることを限りなく実践することだ、と私は考えている。七五〇回大遠忌に際して、私たちが自分に確認すべきことはこのことであり、ただ遠くを慮るだけではなく、そこに「道元さま居ますが如く」そのお心を頂き、理に従い「ただ実践する」。高祖さまからその促しを受けているのだと、心底それを知ることだと考える。ひるがえって曹洞宗の僧侶は何をするのかと問うと、只管打坐だという。しかし、現実には毎日坐禅をする住職は殆どいない、これが現実である。
 高祖(道元禅師)さまの禅はひたすら悟りを求める人、一箇、半箇のための禅だったと私は思う。太祖(瑩山禅師)さまの禅は「檀信徒を神・仏と思いて…」というお言葉に表れているように、あらゆる人を包み込む禅だった。そして、総持寺の二祖峨山禅師を先頭に、数多くの優れた弟子たちが草の根を分けて全国にちり、高祖・太祖の教えを自ら実践して、今日の曹洞宗を築かれた。つまり、やはり宗門にとっても実践を旨とする人材の育成が、これまで以上に待たれているのである。
 私は宗教法人横浜善光寺留学僧育英会を昭和五九年に設立し、六〇年第一回から海外留学僧を送り出し、六三年(第三回)から外国僧を日本に受け入れている。既に一八回に及んでいるが、これは道元禅師の教えを正しく伝えることのできる国際的宗教者を育てなければならないという、私の大誓願による。横浜の地に善光寺が立てられてから僅か十五年後に発足した横浜善光寺留学僧育英会事業である。周囲は無謀に過ぎるという声ばかりだったが、私の誓願を信じて支援していただいた檀信徒のお蔭で今日まで続けられた。これも道元禅師さまの御法恩によるものと、大遠忌に際して改めて御報謝申し上げるところである。

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