成寿第三十六号 追悼 ― 黒田武志老師 ―

                黒田老師を偲ぶ

大雄山最乗寺山主 石附 周行

  今春、四月九日〜十日にわたって、成田市郊外にタイ国ワット・パクナム日本別院ウポーソト(布薩堂)の落慶式が行われた。かってワット・パクナムで修行したご縁の方々と一緒に参列し、その日はあたかもタイ国に居るような雰囲気であった。
  ワット・パクナムの住職さま以下百名の僧侶が来日され、境内は熱心な在日タイ国人の仏教徒で大盛況であった。
  住職さまが私共の席を通られる時、「クロダ・クロダ」と掌を合せられ挨拶をいただき胸がつまる思いであった。
  黒田武志老師は日本パクナム会の会長をつとめられ、日タイ仏教界の交流に力をよく尽された。この日の落慶式出席の方法、別院への支援・協力のあり方に心を砕いておられ、亡くなられる前年の十一月に打合せ会議を開き、握手をして別れたのが最後であった。
  私は、黒田老帥に多大なご法愛をいただいた。大学時代には、桐ヶ谷寺さんに時折寄せていただき、彼の書斎で熱心に日記を書いていたのを強烈に思い出す。その後、両本山の安居を経て、ワット・パクナムに安居することになった。これは、彼の発案であり、私は彼の陰に寄り添って行った。
  黒田老師というお方は、自分の個性を相手に印象づけたとしても、決して相手に先んじて歩むことはされなかった。私は、どんなにか引き立てていただいたり助けてもらったりしたことか。
  国際的感覚は抜群で、幅広い人材の育成には生涯をかけたといってもよいだろう。善光寺育英会の留学僧派遣事業は、一寺院単位では向後にみることができないのではないかと思う。
  彼は、握手をくったくなく差し伸べたが、あの骨太のゴキゴキした感触は、忘れることができない。あの手で書いた日記も、いまも書き続けているように思えてならない。
  一周忌を迎えるに当たって、彼を偲びつつ大寂定中で如何お過ごしかと尋ねてみたが、破顔微笑するのみで、握手は返ってこなかった。

合掌