成寿一覧表

成寿 第38号 〈カラー〉
ほほえみ子安観音開眼式

善光寺に新しい表情が生まれました。
不動殿前中庭のほほえみ子安観音です。
たくさんの子供たちとその成長を温かく見守る観音さまの優しいお姿。
忙しい時代に生きる多くの人々の心を癒すことでしょう。
5月18日、本寺光真寺黒田俊雄老師を導師にお招きして、開眼式が行われました。

ほほえみ子安観音さま
横浜善光寺総代 東郷 敏 

  善光寺中庭、お不動明王さま(不動殿)と釈迦如来さま(釈迦殿)、丁度その真中辺り、新しく観音菩薩さまがお座りになりました。先に鎮座ましているお地蔵さま、その群の中に、ガードされるようにおおらかなさま、いかにも成寿の山におさまったという観致します。奥ゆかしき哉、観世音菩薩さま。
  幼子抱いてお座りのお姿、丈零五丈、本寺光真寺俊雄大和尚さまご尊顔拝され即座に「ほほえみ子安観音菩薩」とご尊称されたほどに、このほほえみマコト瞬時、人をつつみ込んでしまう。たれでも「遇い難くして、いま遇うこと得たり」いいしれぬ幸福感とやすらぎに充たされる。
この新鮮な感動、キット菩薩さまより、放たれる慈悲の光が偉大な母胎となって、対するものにいのちの躍動を与えているのかもしれない。ただそこにいるだけで癒され、しあわせを思う。そんな観音さまなのです。
  観音さまは三十代の働き盛り、彫り出されて以来、久しく光を閉ざし、ある一隅に坐したままだった。参道沿いに商う由緒ある石材屋さん、昨春来、杜屋拡張中のところ、数十年振り蔵の整理などしていたという。多分に先代さまが彫られたであろうご一体が突然現われ出た。ハアーあまりの神々しさに思わず合掌。すると座像のお方さまより「此の方連れて行かれ、連れていってくだされ」と曝かれたように思うのです。大概商う商品にそんな感慨は起こらない、と仰るからほんとうなのかもしれない。座像が凝視するところ、参道を跨ぎ直線で三十三メートル彼方善光寺中庭辺り、ここに在ってはいけないと思う刹那、はや足は善光寺に向かっていたという。丁度、寺は大圓和尚さま三回忌法要を控え、その準備に追われていた。「ご住職、ご住職、チョット来てください、見てください」杜長さんの只事でない哮びに兎角従った。早速蔵に案内され、正面に坐したご一体に浴する、光景を目のあたりにし、鳴呼。住職思わず佇み合掌低頭。しばし動くことも、声を発することも叶わなかったという。ときの感動たるや、想像を超え大変な発見であったようです。ややあって「ああこれだ、このお方だ」杜長さんも追いうちかけるように「でしょう、そうですよネ」対話にはなっていない、なぜこんなやりとりなのか、意識のないままに埣啄同事。わけもなくお二人は手をとり合い、目がしらを熱くしたと聞かされる。うーん、この凡夫思うに多分、観音さまに踊らされ、術にはめられたに違いないと思った。なにせ出来すぎているのです。

  しかしこの現象なにか伏線があるように思えてなりません。遡て五年前即ち二〇〇二年のこと、大圓和尚さまご壮健のころ世界中が注視するFIFAワールドカップ、その開会式が横浜国立競技場でとり行われていた。
  善光寺では恒例のお盆法会の真最中、記念(『成寿』三十四号)の講演は「健康と生き方」という身近な問題、関心が高くこの時ばかりは二日間に亘り連日参加の聴講者に溢れ大盛況。講師は、真言宗法隆寺を抱く奈良信貴山に籠り五年の日月をかけ、千日行に挑む、全盲というハンデイをのりこえ、ついに奇蹟の満願を果たした仙人、密峰師だったのです。いまでは世界的になってしまわれましたが、「気・生命エネルギーの権威」として学会、メデイアでも再々登場されるお方。
  この方、山内を伝え歩きしながら中庭に降り立つ。「んーここは気が充満しています」すべてのパワーがここに凝縮しています、といいながら両手を広げ香をあびるような仕草、さらに東西南北になにがあるのか、尋ねては確認されていた。最後に西に向かい両手を翳し「向こうになにがありますか」ハイ、参道沿いに住宅と石材屋さんがあります。「違うなあ、その向こうになにがありますか」ハイ丘陵地に墓地群です。「なにか大きな仏像がありませんか」いいえ見当りません。「おかしいな、ぼくの躰に強烈な振動と波動を感じます。なにか目に見えないものがこちらに迫っているようです。いちど確認して下さい」
  ここまでくるとこの凡夫、さもありげなことを仰る、まゆつぱをかんじてしまう。後日談、なんとなく気になり大圓和尚と二人で丘陵地を歩き回り、「らしきもの」を探し回ったことを思い出します。さて仏像、のち事情を伺い私には覚えあり、なんともいい知れぬショツク、なんだか背すじにつめたいものを戴き、それはそれは並でなかったように思います。のち倫子令夫人に伺ったのですが、大圓さまも何かと気にして、何度か探し回り、「オレの信仰心と供養が足りないという仏さまからの示唆の様に思える」と以来一所懸命供養尽しておりましたと述懐。承りながらどうにも白身の足りなさを痛感致しました。この凡夫至らずなにかにつけて否定する、「そんなことはない」と恥入るばかりです。
  明けて間もなく、私は密峰仙人にデンワにて仔細を報告する。多分によろこんでいただけると期待しておりましたが、なんとも実に坦坦と、「そうですか、安心しました、善光寺の中庭になくてはならない守護神、お迎えするのが少しおそかったように思います。そのご仏像、多くの悩みと苦しみを受け入れる用意と準備がすっかり整っています」。「トーゴさん、私は目が見えません」ハアー承知しています。「あなたは目が見えるのに見えないと云う、なぜ私に見えた.かわかりますか?」…。どうもこのお方、私をしてお前こそ、全盲だとおっしゃっているように思う。MRIのベッドに縛られ、ガンガン、ゴンゴン打ちのめされてしまいました。もしも大圓さまご存命なら、「さてなんと仰せる」ハーイハイッなんにも申しあげることはございません-だろうか、そんなことを想像すると笑えてしまう。
目に見えぬ仏の心に通う一」そ人の心のまことなり。
  いよいよ観音さまお遷しのとき、果たして狭い群像の空間に入るものなのか、収まるものなのか、メジャーで採寸する。祭壇と賓銭箱を前に引き出すと、全く寸分違わず、ぴったりと納まってしまう。まさしく奇蹟、驚異でした。
  先に計算ずみだったのか、数字に弱いと自慢しておいでだった大圓和尚さまでした。杜長さんも唯々感嘆しきり。このご一体、石材屋さんが、一切すべて寺に献上し喜捨させていただきたい、どうぞおまかせくださいと云われる。ご住職も気弱だから断る勇気もなく、只々お申し出に是れ従う。さても奈良の仙人、この結末を承知していたのだろうか、マコト恐ろしきこと。翻って善光寺の大圓武志大和尚というお方、やっぱり化物だった。いまさらながらあなかしこ畏れ多くて候です。
   さてさて中庭群像の揃い踏み、その責任と役割について聞きかじりを程程に。地蔵菩薩さまは、殊に無力な子たちを救い、さらには人々の願いを聞き届け、衆生を救うため、この世に現われた救世主。礼拝するときは大きな声で「オソ・カー・カー・カー・ビサンマ・エイ・薩婆詞」と唱える。
  一方観音菩薩さまは、この世で悩み苦しんでいる人々が、願うなら救いの手をさしのべ、現世の現実的な願いを叶えてくださる慈悲の仏さま。観音さまの得意はさまざまな姿に形を変え、変化自在の菩薩さま、基本的には一面二腎から十一面千手まで、三百六十度にわたって観聞できる術をもち、人々にとってごく身近な願いごとに超現象をもってお応えくださる。このおちからは計り知れない。礼拝するときは「オンアロリキヤソワカ」と繰返しお唱えする。さすればキット菩薩さまに届くものと私も信じています。ただ承知しておきたいことは、「縁なき衆生は度し難し」とも申されており、すべての人々を救いたい、でもこれはまずむずかしい、みながみな救われる訳ではない、菩薩の存在を知らこいねがぬ人、希いすがって願わない人、いわゆる仏縁のない人は、手の差しのべようがないと、申されておるようです。要は観音さま、拝む人の心にまかせて手を差しのべられる、ということになります。
  かくして開眼法要のときが来た。導師は光真寺俊雄老師、十二時の開眼に近隣のご住職と僧侶方が本堂に随喜、中庭は立錐の余地なく山内、寺族と檀信徒たちが随喜の涙。観音讃偈に続いて心経唱和、ご住職から香語に添え「ほほえみ子安観音菩薩」のここに至った経緯と由来をいただく。読経、鳴りものその響き実に成寿の山に木霊する。
  紅白をめぐらす善光寺山内、五月の空は遠く澄み雲ひとつない。やがてエピローグ、導師ご法話の最中、尺寸もあろうローソクが煌々と立ちのぼっていた。ところが突如、灯明が渦を巻き、大きく揺らぐ。導師の衣まで宙に舞い、果てはお躰に巻きつく始末、静寂だった成寿の山がうち騒ぎ、どこから来たか、鳥たちの大群、種類乱れての大合唱がはじまった。わけ入るように鶯の谷渡り。
  ひとときご法話できる状態ではなかった。参列者も大空を見上げなんともいえぬ霊験さを観じていた。そのときどなたか「ああ千の風だ」合わせるように吹き出す、だれとなく「千の風だ」ご導師まで引き込まれ「千の風、そのようですな」果てはみんな両手を空にかざし天空を仰いでいる。彼の歌い手と同じポーズ。わずか二・三分の椿事。またもとの静寂に戻る。灯明も天に向かいてひと筋、さらに煌々とたちのぼっていた。
  やがてお開きになる。のち直会の席上、もっぱら、千の風、鳥の大合唱に集中、ご老師も話題にのって「間々あることです、しかし今日はいつになく激しいと思いました、衣が頭りを被いお先まっくらでしたから。人は静の中に籠ると心が空になります。そんなとき周囲の音や、光や風、とり、匂いまで五体に浸み反応するものです。今日ご開眼遊ばされたほほえみ子安観音菩薩さま、大自然と一体です。天空のすべて森羅万象ことごとく救済、その計らいをおはじめになった瞬間だったと思います。みんなみんな随喜しておりました、大圓武志大和尚もよろこんでいることと思います、ありがたいことです」「キットキットご利益おおき菩薩さまですヨ。皆様もしっかりお参りください」「うぐいすや文字も知らず法聞けよ」とネ。お賓銭多きこと願いつつ菩薩さまに肖かる大和尚さま、美事に結んでくださいました。薩婆訶 合掌。

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