成寿一覧表

成寿 第39号 〈不動明王大祭 特別講演〉
おもいやりの心
見ても聞いても読んでもわからない

東郷 敏

 ご紹介をいただきました東郷でございます。
 昭和39年7月大本山総持寺参禅会にて先代大圓武志和尚さまに運命ともいえる出会いをいただき、以来、ずっと善光寺で教えをいただいております。
 先程倫子奥様に「大圓様とのご婚礼いつでしたか?」と、「昭和44年でしたから、40年になります」。方丈様遷化されて、今年は丸四年目「お淋しいですね」「いいえ方丈は私の中に在りますから」。まあなんと!! 「いまここ」に席をいただいている私。また、ご上山の皆さま。このことがもうたいそうなご利益でありまして、論語の中に「(じん)に里(お)るを美となす」とあります。先般、NHKテレビで永平寺門前にある永平寺町立中学校の紹介がございました。ご覧になった方もおありと思います。その正面玄関、タタミ一畳ほどの大きな額「里仁為美」と揚げてあります。曹洞宗大本山の門前だから面白いのです。これは孔子の言葉です。いまここ。この素晴らしい環境に里ることが仁であり、美だと教えているのです。
 博志住職から今日の不動明王大祭に「ぜひ論語を話してくれませんか」と言われるので従っています。非常に浅い知識ではありますけれども、総代役員、檀信徒をはじめ、並み居る僧侶、高僧方、また各界学者の方々を前にして、果たして私の論語でいいのか、少し浮足立っています。司会より紹介ありました、善光寺開基、村岡満義社長より勉強させていただいた『私と論語』です。この社長、大層な儒学者、東京湯島天神の聖堂に都度招かれ、ご皇室のこ命名者が集う日本儒学会に民間より唯一参加が許されていました。また10年間も全国ネットのラジオ放送でご本人が直に論語解釈をやっていたこともあり、元台北大学々長、孔子直系第77代、孔徳成先生ともこじっこんで親交厚く、会社の研修所に直筆「成寿殿」の大額があるほどです。事業にも論語の教えを取り入れ、会社を経営。

「社会貢献・人材育成」

 すべては「社会貢献・人材育成」にと、自ら苦労して結果を人に分かつ、徹して無私のお方でした。大圓和尚然り。善光寺の「留学僧育英会」もその延長線上にあります。まったく信仰の乏しい私ですが、出会って以来、論語ゆえに、大圓和尚とは方向を幅広く共有、共感できました。片や仏教、片や論語ということで非常に葛藤した経緯がございます。
 そんなこんなで私がお話しさせていただくのは私が述べて尽すわけではなく、2500年前の中国で生まれた孔子という方のお話、その受け売りです。論語という言葉を初めてお聞きになった方いらっしゃいますか? あっ、いらっしゃる。孔子というお名前を初めてお聞きになった方は? ある。ありました。大概「子」のつく文字は女性に倫子、素子、順子などなど。以前は70%以上つけられています。十干十二支、干支の始まり、これも子です。今年はちょうど「子」の年。縁起がいいです。孔子、孟子、曽子、有子、顔子等々、聖徳太子。やはり、音でも訓でも「し」は、精神の原点になっています。従って、女性は生命の源。男性がいくら力んでも女性にはかないません。榮山禅師というお方、大層女性を尊んだとあります。ご承知の上でおそらく根源を大切になされたのではと思います。
 ことしは年賀状に子子の子子子子と書いてお出ししました。ほとんど通じなかったみたいです。何と読むかといったら「猫の子、小猫。鼠の子、子鼠」そういうふうに読める。余談ですけれども、今日は「子」のついた第一人者のお話。

孔子生誕の背景
 孔子やお釈迦様がお生まれになったのは紀元前450〜550年頃とか。生誕には諸説があり、ほんとは定かでない。しかし、このお二方、奇蹟的に国を変え、ほぼ同時代なのです。日本の皇紀神武天皇はわずか100年前、のち300年の闇に哲人ソクラテス・プラトン・アリストテレス・アルキメデスそして西暦零年にキリスト。実に神・宗教家・哲学者が集中している不思議。イスラムのマホメットは少し後、日本の飛鳥時代に近いです。仏教の鎌倉はさらに600年後です。何千、何万年という人聞の歴史の中でそこに人間の精神的発達の起点・原点というものが集約されているように思います。
 今、論語と仏教の背景を先に説明したほうがわかりやすいかなと思って話させていただきましたが、いささか時間的に若干の誤差があるやもしれません。歴史家の方々、どうぞ教えてくださいませ。
 孔子が生まれた頃、中国は春秋乱世期。もう毎日毎日どうしようもない世の中。孔子が目にしたのは人間の不幸ばかり。政治も社会も制度も人も信用できない。なんだか、嘘ばかりついているように見える。孔子もそこを嘆かれたということです。現世も五十歩百歩(これは孟子の至言)。国も政治も社会も個人も企業も嘘ではないかと思わせるような世の中。2500年前もそうだったというんです。
 今朝JR洋光台からタクシーに乗ってきたんですけれども、面白い運転手さん「お寺お参りですか?」といわれるから「そうです。善光寺というお寺です」「ああ、美空ひばりのお墓のところですネ。ひばりとどんな関係があるんですか」という。「イエイエ今日はお不動さまの大祭です」「ああ、よかった。朝一番縁起のいいお客さんに出会うと必ず一日忙しいんですよ。ホントです。不況の折、よかった」とまたいう。なんだか人助けしているようで気持ちがいい。乗る前に乗り場前のベンチに座って一服していた。やがてタクシーへ。わずか5mぐらいです。運転手さんが「お客さん気づかっていただいて。ありがとうございます。私も吸うんです。やめられませんね。『まあ今日まではいい、明日から禁煙』と部屋に貼って八年になります」という大笑い。「悪い悪いと思うんですけど、あした明日と。これが大人ですね」と運転手。私は返事に困りました。「いいことを教えていただきました」と申し上げ、程なく到着。「ありがとう」、結局380円のツリ銭が受けとれず降りてしまいました。どうにも縁起のいい客にされてしまいました。少しのことで人間関係が美しくなってくる。私たちは、人をいろいろ指摘したり、なじったり、けなしたりしますけれども、自分がけなされたり、なじられたりしてはとても許せない。問題は心のあり方。

「仁」おもいやりとは
 そこで孔子がおっしゃったのは、いまこそ『仁』が必要だと。人間生れた以上『ああ生れてよかった。生きてきてよかった』という思いを少しでも持って死ぬべきだ。そうでなければ意味がない。では、そうなるにはどうするか。政治も制度も大切。同時に人間同志の「生きる」ことに対する考え方も大切。そして、孔子が一番大切だと考えられたのは『おもいやり』すなわち『仁』だと。
 「仁」という文字は人偏に『二』。二人のことです。二人の人間の間に成立するものが仁。夫と妻、兄と弟、先生と生徒、上司と部下、師匠と弟子、使う人と使われる人、あるいは道すがら出会った人、とかく二人なれば、生きていく上で道徳が生ずる。これが『思いやり』なんですね。相手の立場に立って考えようではないか。まさしく道元禅師の言う『自未得度先度他の心』なんですね。
 余談ですが、ご皇室のそれぞれ歴代のお名前がありますよね。いったいどこで誰がお付けになったのかご存知の方? 山口会長、奥様、いかがですか。そ、そうなんです、さすがです。論語からなんです。いわゆる宮内庁から儒学者の方を複数名選び、たとえば先には東大や一橋大学の名誉教授、諸橋轍次・宇野哲人・吉川幸次郎先生など、こういう方々が四書五経、とくに論語の中からお付けになっている。本当だろうかとお思いでしょう、明治天皇のお名前ご存知の方ありますか? 大正天皇は? 昭和天皇、平成は?。 歴代、睦仁、嘉仁、祐仁、昭仁、徳仁、文仁、等々すべて「仁」が用いられています。ここにご皇室の連綿とした思想と役割が表現されていると思います。
 論語が日本に招来されたのは応神天皇(285年頃)の時代です。飛鳥時代よりも前です。仁とは何か。孔子が「子曰く 我が道一つ以って貫く ただ忠恕(ちゅうじよ)のみ」。忠恕とは誠心誠意相手を思う「思いやりの心」。これこそが「仁」に至る最善唯一の方法だと教えています。一人の時は思いやらなくてもいい。気を遣うこともない。二人になったらそうはいかない。そこに「仁」、思いやりがなければ美しい人間関係は成り立たない。宗教家も哲学者も思想家も起点は一緒なんです。孔子は「」、釈迦の「慈悲」、ソクラテスの「」、キリストの「」。これすべて「」の一語に一貫土ハ通している。恕なれば政治はどうでも、社会がどうでも、とにかく人間の関係というものは崩れない。もうすべて他人のことを思うということだけが、人間的な高まりを支えてくれる。「思いやりの心」は見ても、聞いても、読んでもわからないといわれています。ただ、人の喜ぶことに苦労して、その苦労をよろこぶ。人様から「アリガトウ」と言われて、はじめてわかる心だといわれます。孔子は宗教家ではありません。儒教という元にはなっていますけれども宗教家ではない。哲学者です。どの書を見てもそのように示してあります。
 お釈迦様は宗教家です。キリストもマホメットも宗教家です。でも地球上に宗教家は二人しかいないと。そのように信じられています。異論があれば教えてください。釈迦とキリスト。すべては二点からの分派。日本の神道は古来民族固有の伝統的な存在、民族宗教といえるかもしれませんすべて宇宙自然が相手です。
 私はもともと浄土真宗でした。大圓和尚が善光寺を開かれた時、壇家がいないというんで「僕、檀家第一号になる」と言って約束してしまいました。母に「俺、宗旨変えしていいかな?」と。母「どこの宗旨…?」「曹洞宗という宗旨なんだけど」。「ふーん、その一番てっぺんにいるのは誰?」と言うから「たぶんお釈迦様ではないかな」と。あの頃私、知らなかったんです、宗教のことを。「ああそうかい。ウチも同じだから」。母はお釈迦様が一番上に在るということを知っていたんでしょうかね。実に簡単でした。五男坊だから捨ておかれたのかもしれません。

孔子の論語とは
 さて論語に示されている教訓は全部で499項目あるんです。字数はわずかに11700字。これ、私が熟読、素読した論語です。520ページ。開基社長より売りつけられた諸橋論語。「代金を払え」と350円徴収されました。「金取らんと読まん」という。昭和34年、第十三版のものです。もうボロボロになってしまって、おそらく何百何千回とめくり、どこのどの行に何があるか、大概見ずに暗諦できるようです。私の生き方のバイブルです。
 さて、論語学而第一番目。「子曰く 学びて時にこれを習う、また説ばしからずや。朋 遠方より来るあり、また楽しからずや。人 知らずして慍(いきどう)らず、また君子ならずや」。この言葉を聞いたことある人? …ああ半分くらい。
 これが孔子の思想なんですよ。だから哲学なんです。第一節目「子曰く学びて時にこれを習う。また説ばしからずや」「子」とあるのは孔子のことです。「人聞は学んだ時都度これを実践する」。「習う」というのは実行。この話のあと写経がありますが、「手習い」まさしくこのことです。羽が白いいわゆる鳥が卵から艀って、白いうぶ毛でバタバタ巣ばたきをする。そして飛ぶ練習。そのうち徐々に黒く生えかわり巣立ちする。お坊さんも経を読んだら、必ず経の通り実行しなくちゃいかんということです。唱えたり、ただ読んだだけじゃダメなんです。お釈迦様のお心をいただいて、それを実践し結果を出す、そこで人々に伝導してゆく、自分のものでないものを届けようとしても受けとる人はいません。いかに人々に影響させるのか、させ得るかが真の僧侶と心得ていただきたいのです。難解な仏教を身近にさせるには生半可な行や話くらいでは、仏心を呼び興すことはできません。;豆句、一挙手一投足、全身全霊をうち込んでいただきたいのです。説得力はその中に在りです。人々が僧に求むるは「生き方」あるいは故人の魂と成仏への確信、五体癒され、心の安らぎを求める。ここに「僧の力を借りたい」と懇願しているのです。これが価値です。応えられますか。そういうようなふうに考える。
 学んで実行していると、わからんことがわかってくる。これは何とも言えない。もう込み上げてくるよろこびだというんです。実践のない、口耳三寸の受け売りは届かないということです。
 さらに第二節目「朋、遠方より来るあり。また楽しからずや」。自分が修養を積み高めていると土ハ鳴者や同志の人たちが「ありゃあ、いい勉強している」「こりゃあ、立派なことを言う」「あの人のそばに居るだけで幸せを思う」。そんなことが、あまねく知れ亘って、やがて遠くからまでたくさんの人々が慕い、訪ねてやってくる。これはなんとも楽しいことだ。
 まさしくこの寺の大圓和尚というお方。最初はゼロからのスタートです。今は檀家3500を超えている。とても一寺院の数とは思えない。日本中探してもこんなお寺はない。これは大圓和尚のご人徳。学び、実行して、人のために尽くしたという足跡。今日の善光寺を表現していると思います。これが「朋、遠方より来るあり。また楽しからずや」です。
 第三節目「人知らずして怪らず。また君子ならずや」。しかしながら、いかに修養できても、わかってくれない、認めてくれない人もある。あるいは逆に誤解されたり甚だしきは曲解される、人生必ずしも順路とは限らない、そんなとき、これを怨まず、尤めず、腹立てず自分の修養足りぬと、反省し、分に安んずるなら、これこそ立派な人だということです。私はよく大圓和尚や開基(社長)にお前は口先だけだ、ダメだと言われました。そんな時、心穏やかに「申し訳ない」というふうに参らぬのが私の業です、救い難し。
 さて、学校では。よく「学習の時間」だと用いられますが、この語は2500年前、ここから生まれた言葉なのです。「自己啓発」もしかり、「憤せざれば、啓せず、排せざれば発せず」。心を啓き、心をかきたてる。学習も啓発からです。これが孔子の原点なんです。とかく、学べ学べ、勉強しろ、実行しろと絶叫されているんです。

学問の終極とは、命を知る
 結語499番目は尭曰です。論語というのはわずか17000字。これくらいだから覚えようとしたら、だいだい覚えられる。繰り返しですから、みなさんのお経と同じです。結局、孔子が求めたのは何かといえば、「子曰く 命を知らざれば、もって君子たることなし。礼を知らざれば、もって立つことなし。言を知らざれば、もって人を知ることなし」。人間どんなに正しい行いをしても、吉凶禍福は必ずしも行いにふさわしくないことがある。時として耳にします。これまで私はいいことを考え、いいことをしてきた。でも、幸せは来ない。これ以上どうすればいいのですかと。どう聞いても、原因が人のせいになってしまう。こんなとき、恨んだり、悲しんだり、惑わないことが、肝心だと。非常に難しい徳目だと思います。
 第一節目。「命を知らざればもって君子たることなし」、人間「いろいろ勉強すると自分の今がわかる」必ずしも「自分の力だけでいまがあるのではない」。実に多くの人たちのお陰。また見えない人たちの犠牲とその蓄積によって「生かされている」ことがわかる。それが少しわかりかけると、命を知ることになる。『自分は人に迷惑をかけてないつもりでも、迷惑をかけなければ生きられないのが人間』。これは親鸞のおっしやつた言葉です。
 迷惑をかけ続けて、いまがある。さて今日のお不動様は「人々の煩悩を断ち、強い意志と智慧で人々を救ってくださる尊い明王さま」だと紹介がありました。明王様とて、命を自覚せぬ者救いようがない。命にも天命、運命、禄命、徳命、知命、そして宿命。
 生れるまでが宿命なら、生まれてのちを運命という。なお過ぎてしまった過去は宿命でもある。直せない、取り戻せない、変えられないという認識。お互いさま「いまの境遇が善かれ悪しかれ、誰の責任でもない。自分自身が持ち運び引きずって来たものだ。決して人のせいではない。」と自覚する。もしもいまを変えたいなら、変える努力をするという理解。『これが命を知る』と承知したい。これこそ積極的理解だと私は思います。
 さて二節目「礼を知らざれば、もって立つことなし」。およそ「礼」とはどういうことかというと、礼は示偏。「示」がついたら神、仏、祭事、神霊より生ずる吉凶禍福。それに関わる文字が実に七十九字も並んでしまいます。
 「礼」とは祭事に用いる三宝。また、仏、法、僧の三宝。など。この形が「禮」。三宝に、海山の恵みを盛って神仏に奉げる。目に見えない祖先や、諸々恩人、神仏があたかもそこに居ますが如く感謝の誠をささげ尽す。これすべて礼。また自分を点として、その上下。この縦の線を感ずることが「礼」だと教えています。だからお盆・年忌法要・法事は「礼」の行事なんですね。これを承知しなかったら人間としては立てませんよ。立ったということにはなりません。
 第三節目「言を知らざれば以て人を知ることなし」。最終の一行です。はじめは平凡な言葉だと思っていたんです。単に「言」というは、ことばです。ことばはその人の心を表現する。人の言と書いて「信」これいのち。ためにならない話とか、たわいのない話とか、人の悪口、うわさ話、おせじ、へつらい、不平不満愚痴など、心なく吐くような人は程度の人だとわかるわけです。「不平、不満、愚痴のことばに慣れたら感謝の言葉が使えなくなる」といいます。ああ。恐ろしい。また人のためを思い、忠言をくれる人、常に感謝とよろこびをもつ人は立派な人。その見分けができるかどうかというのが問題なんです。これを判断できる正しい標準は限りなく聖者、神、仏の教え。すべては無私の境地より生ずる真理。自分流では都合が優先、標準が狂ってしまう。スキキライに流れてしまうんです。だから2500年以上経っても、その標準、真理が生き続けているのです。この真理を学ばねば、善悪の判断はできませんよと。さてなにかにつけ徳があったとか、徳がなかったとか言います。徳分が人間を評価する基準になっています。どういうことかというと徳とは「善をなし悪をなさない」その人の卓越せる能力だといわれます。

原典を見ろ
 私はお陰さまで仏教の勉強を大圓和尚より随分させていただきました。「お陰さまで」です。参上すると、善光寺の書庫に案内され、毎度あれだこれだと山積みされる。「すべて原典を見ろ」と読ませていただいた。ゆえに多分、私には仏教の標準が少し備わったわけです。困ることは自分のことはそっちのけ仏教の標準で今の僧侶の方を見てしまう。すべてお坊さんという位置。これは人々の標準であったり、指針であったり、目標であったり、そういうことになっているわけです。お釈迦様の代理としてお仕えなのですから。限りなく徳分が高くないといけない。私もそうです、お互い死ぬまで勉強しなければいけない。そこの熊谷総代さん、いま92歳、私どもに影響を与え続けておいでです。いまだ一緒に、行やお勤めをなさる。灰になるまで学ぶんだと誠にかくしゃくたる熊谷少年。老いることを忘れてしまっている。
 さて「善光寺」の善はヒツジ偏。大圓和尚がすごいと思うのは開創のとき「善光寺」とされたことなんです。あの方が普通じゃなかったということはここにあるんです。「善光寺」というお寺は全国に数百ヵ寺あるんだそうです。そのなかの一つ、もっとも光り輝いているのが、手前味噌、横浜のここにある善光寺なんです。(大笑い)
 キリストが連れ歩いたのは羊です。キリストがあの荒野に立ち、取り囲まれていた動物は羊なんです。孔子が神前に生け贅として捧げられた動物は羊なんです。これは、皆さんご存知だと思います。なぜ羊かというともっとも人間に従順で、人間に衣食をもたらし、そして人間をさいわいへと導いてくれる動物は羊なんです。幸という字は羊の上下かみ合わせ。幸を求めるなら自分が羊になる。応分の犠牲が伴うと教えています。種を蒔かず、花を求めてはいけませんということです。だから羊偏はすべて人間の尊厳に関わる文字になっています。善・義・犠.美・祥・翔・羣等々。30字以上が神聖な文字として表されています。

孔子の生涯
 孔子は破格に偉い人だった。当時、国中がそう言ったんです。「もう、あなたは聖人、神様、仏様」。ところが「待て待て、そうじゃない」。「予はもともと立派じゃないんだよ」と。(74歳で亡くなっています。お釈迦様は八十歳だそうですけれども)「子曰く 吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども矩を喩えず」。と言われた。これテレビのコマーシャルなんかで出ていましたね。聞いたことのある人? ああ、ほぼ皆さん耳にされている。
 70歳の孔子は、だれに何を言われても「はい。はい。はいそうですか」と、やはり偉いお方は違います。ハイハイハイとね。天地の開きを思います。近寄れません。孔子最晩年のこと「七十にして心の欲するところに従えども矩を越えず」。「矩」というのは規準、標準、コンパスです。予も人並みにこういう課程を踏んできたいま、ようやく万事心の思うがまま振舞っても道に違っていない。すでに聖人の境地に達し、多分に天の運行と道理に合致された姿とも見得られます。まさしく人間孔子の聖者たる所以。かく云う私もすでに七十を超えてしまいました。コンパスの目盛りがぼやーんとしているんです。自分の欠点や誤ちになかなか気づかない直せないでいます。
 論語は本当に身近なものです。楽しくて、面白くて、明快で、見事な。一発解答をくれる。しかもひとつの問題にあらゆる角度から、あらゆる答えを指し示す。いかにも「人を見て法を説け」聖者はいずこにあっても異口同音。お釈迦様もまた相手の能力や人柄に応じ、法を説かれたという。毎日の雑談の中で。論語というものは私を呼び興してくれる。人生が一本筋なら、ただ歩いて行けばいい。だが途中、二本に分かれ、無数に分かれてくる都度、悩む、どちらに行くか、判断する必要がある。行くか、止まるか、左か、右か、さてどうする? こんな時の規準が「論語」だったんです。いつでも啓発させてくれる。もしも、私に論語がなかったら、お釈迦様も、仏教も、キリストも大圓武志和尚も楽しく、深く、篤く、理解できなかったと思います。実践となるとなかなか伴いません。ただ口先だけではあります。私これまでの表現、不適切なもの多々あります。失礼、無礼お詫び申し上げます。
 さていよいよエピローグ。お釈迦様は生き方と心の標準を諭し、さらに死んでから先までそこに極楽浄土があることを教えてくれます。でも、孔子は死ぬまでしか教えてくれません。死について、いっさい教えてくれていません。ある時、弟子が「先生神々に仕える心得を」と問います。孔子は「まだ人間に仕えることも十分でない者が、神に仕えるどころではない」と。また、「先生死とはなんですか?」と弟子が聞きます。「ばかを言うな。生き方のわからんヤツに死に方がわかるか」。これが答えです。
 ありがとうございました。

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