成寿一覧表

成寿 第41号 〈善光寺霊園ニュース〉

◇ 横浜やすらぎの郷霊園

永代供養墓 善光寺やすらぎの碑
 さきの見えない時代なのか、ご供養のあり方やお墓の継承についても従来のお祀りの仕方から個人の考え方に合わせて多様化の方向にすすんでいます。開園以来『本当に正しいものは時代が変わっても変わらない。』との理念をもって運営するやすらぎの郷霊園。お越し頂くお一人おひとりこころのやすらぎを感じて頂きたいとお参りのお手伝いをさせていただいておりま す。
 昨今、永代供養墓『やすらぎの碑』の申込が多く、お名前をお彫りする墓誌が不足。ご安心頂くため、拡張工事をしておりましたがその工事も終了し、碑の地下納骨堂に向かう階段奥に新しく五百名分の墓誌を納める事が出来る墓誌台を設置致しました。

 また、埋葬件数の増加に伴い、お参りする方も多く、時には、順番でお墓参りしていただくことや、花立てがいっぱいになることも多々ありました。ご不自由をお掛けしないように従来 の墓誌の前に香炉と花立てを設置いたしました。是非ご利用下さい。また、水場も新たに設置しました。

やすらぎ観音さま
 墓誌の追加工事に伴い、一時お移り頂いていた『やすらぎ観音さま』が新たにA区に登るスロープ脇にご移転なされました。
 お墓参りされる皆さまをやさしく見守って下さいます。


やすらぎ通信
 やすらぎの郷では年四回『やすらぎ通信』を発刊してお寺の情報などを通知しています。昨秋彼岸号では晋山式について紹介しました。

お寺の山号(さんごう)について
 晋山の晋とはすすむという意味があります。山にすすむで晋山式。
 ではこの山とはなんでしょうか。
 お釈迦さまのいらっしゃったインドのお寺は祇園精舎や竹林精舎などと呼ばれていました。精舎とは精進する修行僧の舎宅といった意味で、ビハーラと言われます。(最近は仏教系のターミナルケァ〔ホスピス〕を指す言葉として定着しています)お釈迦さまが人々を集めて説法をされた場所として有名な山は霊鷲山(りょうじゅせん)。ここで法華経や無量寿経をはじめ様々な説法がなされます。(お経とはお釈迦さまがおっしゃったお話なんですね)
 インドではお寺を○○山と呼ぶことはありませんでしたが、中国でその慣習が出来たようです。中国では六朝時代を経て階・唐の時代に仏教が栄えましたが、当時は権力者の庇護を受けやすい長安などの都市に建立される寺院と、反対に人里離れた山の中に建立される寺院とに大別されました。
 時の皇帝による廃仏(仏教寺院への弾圧)があると、都市にあった寺院は荒廃しその数を減らし、反対に山中にある寺院が比較的影響を受けずに存続できました。
 山の中に寺院を建立することが多かった禅宗が宋の時代までに数を増やします。そしてその山の名前が地名として、お寺の名前の前に山号として付与されることとなります。
 日本にもこの慣習が伝わり禅宗寺院を中心に山号をつけることになったと言われます。禅宗伝来以前のお寺は山号がないお寺が多いのですが、実際に山の中に建てられていたお寺には山号が付いています。
 日本には古くから山岳に対しての信仰が深く、山は霊山といわれるように自然の霊力を宿す神秘的な場所とされていました。自然の驚異・畏敬の念を山に対して持ちそこで修行することによって身と心を清め修行力を得る。霊山に寺院を建立しその山の名を寺院名に加えることで自然の霊力で寺院を護り発展させようとしたとも考えられます。(現代のパワースポットですね)   合掌
(『やすらぎ通信』19号平成22年秋彼岸より)

成寿山善光寺(せいじゆざんぜんこうじ)
 善光寺の山号は成寿山です。成寿は「ナリス」とも読みます。この山号は、ナリス化粧品の創業者村岡満義先生と先代方丈様との御縁によるものです。先代方丈様が総持寺での修行時代に研修に来られたナリス化粧品の幹部社員の方々に坐禅の指導をされたことがきっかけとなり、大阪の本社での坐禅会を経てお互いの結びつきはより深く太いものとなっていきます。
 中でも、先代方丈と同じ歳の東郷敏先生(当時常務取締役)との御縁はまことに不思議な御縁であり、この御縁によって先代方丈様が善光寺を建立されることになるのです。総持寺からインド・タイ国への僧侶留学に際しても、またその後のアメリカへ開教師として渡る際にも村岡様にご支援を頂き、視野を世界に向けるその礎を頂くことになります。
 また、アメリカより帰国後に横浜の地に寺をとの話が上がった際にもナリス化粧品に多大なるご支援を頂きました。その当時の事を先代方丈様は次のように述べられております。(季刊誌『成寿」より抜粋)

 「実はここにどうしても寺を興したいのです。どうしても此処で私の仕事として人心の救済をやらせて欲しいのです。でもお金がないんです。」単刀直入、ありのままを話す私に村岡社長、東郷氏は驚かれたようです。趣旨を理解された東郷氏は即断、すばらしい実行力ですぐに動いて下さったのです。
 しかし私はその集め方に注文まで出してしまいました。「会社単位の大きなお金ではなく、一人ひとりの小さなお金を沢山集めていただきたいんです。期間は三ヶ月で。」と。私の無茶苦茶な注文にも「仕方ありません。何とか工夫しましょう」と。
 やがてこの願いは大きな実を結び東郷氏の仕oo事柄全国津々浦々、北海道から沖縄まで私の面1倒な頼みごとを快く引き受けて下さり、私の「趣意書」と東郷氏の「お願い文」が全社員、全取引先に向けて届けられることになります。二ヶ月後なんと、約千名にのぼる方から当時の金で一千万円。多大の浄財を喜捨していただくことが出来ました。善光寺の第一歩は人から人、心から心、魂から魂。数多くの尊いみ心のおかげで踏み出すことが出来たのです。
 この年(昭和44年)の11月宗教法人「善光寺」の認可を受け、村岡満義様を開基(寺の開創の基礎を作ってくれた人)、師父黒田白純大和尚を開山(寺の開創者)として勧請して発足したのです。」
 また東郷氏は「とにかく先生(先代方丈)と付き合ってからは私たちは追いまくられ先生が来られるとゾッとすることばかりが続く。けれども社長が、先生の心意気、情熱に傾倒し何にも言わずにこの方に、この方にと、いうことでやっていきますと、その心が会社の結束、ナリスの利益に還元され不思議とナリスは先生を知ることによってどんどん売り上げも上がり、利益も上げさせていただきました。
 ですから先生とのご縁は更に深まり仏の道を通して先生はナリスの利益、貢献に大きくお力添えいただいたわけです。私たちは商人ですからきれいな心は持ち合わせておりません。でももうけたお金をどんどん人様のために使ってくださるのが先生だったわけでございます。」と述べられています。

 善光寺の山号『成寿山』の由来は、尊い仏縁によるものでありました。またその縁を成就させたのは先代方丈の情熱と人様のために尽くすという誓願によるものであります。
 様々なご縁・一期一会を大切に善光寺は歩み、今秋、三世博志方丈の晋山式を迎えます。
  身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し     合掌
(『やすらぎ通信』19号平成22年秋彼岸より)


一ロコラム
 毎号「ロコラム」として仏教のお話を掲載しています。そのバックナンバーを一部ご紹介致します。

南無観世音菩薩
 観音経というお経があります。正式には妙法蓮華経観世音菩薩普門品(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぼん)第二十五。その中ではお釈迦さまがなぜ観世音菩薩は観世音と言われるのかその因縁を説かれています。世の中の音を観る菩薩さま。世の中の苦しみ.悲しみの声、声にならない想いを聞き、一心に観音さまとお唱えすれば、必ず、観ていてくださる。救って下さる観音さま。
 観音経に「悲観及慈観」(ひかんぎゅうじかん)という句があります。
 慈悲の悲と慈ですね。慈悲とは「与楽抜苦(よらくばっく)・抜苦与楽」の教え、喜びを与え、苦しみを抜く力と言われます。でも単なる優しさではありません。悲観から慈観まで。もう少し、細かく見てみましょう。
 悲とはサンスクリットでカルナ。脚(うめ)きと意訳されます。岬きを観る。悩んでいる、悲しんでいる相手の気持ちになる。なぐさめの言葉は簡単に言えるけれども本当に相手の気持ちになった時にはなにも言葉が出てこない。そんな経験はないですか。黙ってそばにいてくれる。それだけでもありがたい。人は悩み苦しんだ分だけ眼の色が深くなる、と言います。自分が悩み、苦しんだら、同じ思いで悲しみ、苦しむ人に手を差し伸べる。そういうことが出来る人になりたい。観音さまはそんな思いを、そんな自分をずっと見守って下さいます。
 慈とはマイトリー。共に歩むと言う意味。仏道を共に歩む。お互いさまに手と手を携えて正しい道を歩いていく。観音さまはいつも慈しみの眼で見つめて下さっている。正しい道を歩いているか、一日一日を大切に生きているか、自分の事ばかり考えていないか。しっかり観てくださっている。私たちは大人になるにつれ叱ってくれる人が少なくなりますが、観音さまは時に叱ってくださっている。そんな気がします。」喜びは二人で喜べば倍になり、悲しみは二人で悲しむと半分になる」一人ではないんだよ。観音さまが観ているよ。今年一年も一日一日をしっかり共に歩んで行きましょう。   合掌
(『やすらぎ通信』20号平成23年正月号より)

秋深き隣は何をする人そ
 すらぎの郷のお墓の周りを歩いていると、「和」や「絆」の一文字を刻んだお墓を数多く目にします。
 h和」はやわらぐ・なごむとも言います。角たたず。まるくおさまる。転じて分離しないでという意味もあります。「絆」はつながり。その由来は、糸の両方の端をお互いに切れないように持ち合うといった意味があります。お互いにつながっている。きずなという字は「維」とも書きます。世の中・社会とつながっているという意味でしょうか。
 今年の夏は特に家族の「和」・「絆」について考えさせられる夏でした。親であり子であり、耳を疑う事件が報道され自然と涙が流れてくるそんな日々がありました。人はひとりでは生きていけない。あたりまえのことが、置き忘れられているような中、NHKで放映されて話題となった無縁社会という言葉があります。平穏に生活していても病気や退職など、ふとした事で社会とのつながりが途切れ、言いようもない孤独感にさいなまれ、自分の存在感に疑問をもってしまう。そんな不安がどんどん広がっている。社会とのつながりがいつ切れてしまうかわからない不安……。
 先日、仏教電話相談で「無縁社会について、明日の私かも知れない」と言って電話をかけてきた方がありました。ひと通り現在の不安な気持ち(連絡の取れない子供。年に一度会うかどうかのお隣さん。大病をされたご自分の健康への不安。経済的な不安など)をお話されました。いろいろお話を聞くうちに、一それでも買い物に出かけた時、お店の人に『お元気でしたか。お久しぶりですね。大丈夫ですか?』と声をかけてもらえるとその一言で明日までまだ生きていけると思える」とおっしゃっていました。お互いに忙しい中でも、生活のゆとりが少なくなっても、なにげない一言が切れかけていた縁を結びつける、社会とのつながりを思いださせる方法なのでしょう。
 この方の話を伺って、今は苦しみの中にいらっしゃるあなたでも、今度は、あなた自身がその一言をかけられるように一歩ふみだして欲しい。きっと大丈夫。そう受話器越しに祈りました。たいしたことは出来ないけれど身の回りから一歩、一歩ですよね。陽がだんだんと短くなる秋の頃。親や子。お友達にお隣さん。兄弟や親戚、顔見知り。誰かの声が聞きたくなるそんな秋の夜ですね。   合掌
(『やすらぎ通信』19号平成22年秋彼岸より)

タンブンのこころ
 タイは国民の90%以上が仏教徒といわれる程の仏教国です。
 早朝、まだ薄暗く霧の立ち込める中、托鉢にまわる僧侶の列。そして、彼らに供物を施す人々の光景。それはお釈迦さまがいらした2500年以上前の光景のようでもあり、時を越えてもなお、タイ民衆の心の中にその教えが生き続けているようです。
 お釈迦さまは、「あらゆる存在は生滅変化して、永遠に存続するものではなく(諸行無常)全ての存在は網の目のように結びついた縁起の存在であり(諸法無我)、自分の思い通りになるものは無く(一切皆苦)であり、煩悩を断じ、真理と合一した境地、涅槃こそが理想の境地である(涅槃寂静)」と説かれました。
 布施を行い、執着や煩悩を捨てて正しく生きることで、苦の世界から解脱することができるとタイの人々は考えます。このことをタイの人は」タンブン(積善)」(タンは積む、行う、プンは功徳の意味)といい、小さな種が大きな樹木となるように、ささやかなりとも精一杯の供養の種を蒔けば、必ず大きな幸福が約束されることを深く信じて生きているのです。
 特に仏法僧の三宝に供養することを重視しています。タンブンの中でも最高にして最善の行いとされているのが、出家することで、男子は成人すると出家する習慣があるのはそのためなのです。女性は「メーチ」と呼ばれる女子修行者にはなれても出家して僧侶となることはできないため、托鉢僧に喜捨することでタンブンします。
 施しを与えるというのではなく、「タンブンさせていただき救われました。心から感謝いたします。」という気持ちの持ち方が、どれほどタイの社会を穏やかに、心豊かにし、人々の目を輝かしていることでしょうか。政治や治安の問題もありますが、タイの人々の純粋な信仰心はタイの魅力のひとつであり続けて欲しいと願います。
 「布施というは不貧なり。不貧というはむさぼらざるなり。むさぼらずというは世の中にいうへつらわざるなり。」(正法眼蔵四摂法)
と道元禅師様は示されます。人の目を気にして行うのではなく、自分のこころの自由・こころのやすらぎを得るために行う功徳・布施行。普段の生活の中で特別なことではなく、何もなくとも心の持ちようで出来る無財の七施を紹介します。
 ○眼施 (優しい眼差し)
 ○和顔悦色施 (ニコニコ笑顔・口角(唇の端)を五ミリ上に上げてみて)
 ○言辞施 (慈しみの言葉愛語明るく挨拶)○身施(その優しい心を行動でボランティア)
 ○心施 (まるい心・ひろい心・ほとけの心)
 ○床座施 (電車で、バスで、席の譲り合い)
 ○房舎施 (困っている人がいたら宿を貸す) 『雑宝蔵経』より
どれかひとつでも、毎日少しでも実践したいと思います。   合掌
(『やすらぎ通信』18号平成22年お盆より)

三輪身(さんりんじん)〜仏さまの三つのお顔
 お不動さまは大日如来の化身と言われます。この化身とは何か。仏教では三輪身という考え方をします。
 まず大日如来のお姿は自性輪身(じしょうりんじん)。自性とは自ずからなる性格、性質のこと。輪とは法輪、つまり仏法のこと、身は身体のこと。つまり天地自然ありのままの姿を示す仏のことを自性輪身と言います。大日如来は太陽に辟言えられます。私たちは太陽がなくなってしまったら、生きていくことは出来ないのですがあまりに当たり前で、そして偉大過ぎて太陽に甘える気持ちが起きない。この自性輪身を見て悟れる人は優秀な人で、一般の人には取り付く島がないとも言えます。
 昔ある人が明恵上人に自分の運の無さを嘆き何とか運が開けるようにと頼み込んだところ明恵上人は「私は朝夕すべての人々が幸せになるように祈祷している。さだめしあなたもその中に入っているはずだから別にして祈る必要はない。また叶うべきことなら叶うであろうし、叶わないことなれば仏の力も及ぶまい。身を正しくして在るべきょうふるまえば神仏は護りたまい、願望は成就するであろう」と諭されたそうですが、そう言われて「はい、わかりました」と気持ちの整理の出来る人は少ないですよね。そこを何とかと、願う心があるから正月そうそう神社仏閣にお参りする人が多いわけですよね。「今年こそは……。私だけには……。何とか……。」
 その様な我々の願いに答えて仏さまは優しい菩薩の姿を表すのです。それを正法輪身(しょうぼうりんじん)と言います。正法とは正しい仏法のことで正しい仏法をわかりやすく説いてくださるお姿のこと。自性輪身である大日如来は正法輪身として般若菩薩さまの姿を表します。菩薩はいわば母親の姿。子供の甘えを優しく受入れその甘えの中から伸ばすべきものは伸ばし、矯めるべきものは矯めてゆくように、やさしく衆生を導いてくださるのです。
 ところが子供は成長するにしたがって、ともするとやさしい母親を甘く見ていう事を聞かなくなります。そこで必要になってくるのが父親の厳しさです。子供の教育にはやさしい母の愛情とともに父の厳しさがなくてはならないといわれますが、それと同じようにやさしい菩薩の教えに耳を貸さないで、悪事を重ね、いよいよ仏から遠ざかってしまう人もいます。そこで憤怒の形相をもって是が非でも引っ張ってゆく導き方が必要になってくる。そのお姿を教令輪身(きょうりょうりんじん)といいます。教とは教え。令とは命令の令。命令、号令で教え導くという意味で大日如来は教令輪身としてお不動さまの姿を表すのです。円満崇高な自性輪身では近寄りがたく、柔和な正法輪身では甘えてしまう。そこで憤怒の形相のお不動さまの出番となるのです。
 我が身を見る者は 菩提心を発さん
 我が名を聞く者は 惑を断ち善を修せん
 我が説を聞く者は 大智慧を得ん
 我が心を知る者は 即身成仏せん
   (『聖不動経』)
(『やすらぎ通信』16号平成22年正月より)



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