成寿一覧表

成寿 第四十二号 
〈連載〉 『普勧坐禅儀』に学ぶ  その六

駒澤女子大学 教授 安藤 嘉則

〈本文 書き下し文〉
心意識の運転をめ、
念想観の測量をめて、
作仏さぶつを図ること莫れ。


〈現代語訳〉
心のハタラキをやめて、念想観という思い図ることもやめて、仏になろうとしてはならない。

 ここでは坐禅をする際の心のありようが示されています。前回までは坐禅をする条件として静かな部屋とか適度な飲食といった条件を整えることが強調されていましたが、ここでは修行者自らの心のあり方について説き示しています。
 まず「心意識の運転を停め、念想観の測量を止めて」とありますが、端的に言うならば、心の分別のハタラキを停止することです。最初の「心意識」という言葉については、大乗仏教の唯識哲学の説(すべてのものは心によって成り立つという学説)で説明されることがあります。すなわち「心意識」のうちの「」は阿頼耶識(根源の意識)、「」は末那識(自我意識)、「」は六識(眼耳鼻舌身意の認識器官によって得られた認識)というように別々にあてはめて解釈するものです。そうすると阿頼耶識という根源的な心の働きまでも停止するということになります。しかし阿頼耶識は我々が意識しようとしまいと働く根本的な識なので、それを停止することはできません。
 この阿頼耶識は心理学の分野では二千年近くも前に仏教における「無意識」の発見として評価されているとのことです。たとえばある人は少し前屈みでつかつか歩き、その人特有の調子で語っていますが、これは意識しているのではありません。長い間の積み重ねで体の姿勢・歩行・口調が規定されているのですが、こうした身体的行動までも我々は無意識の世界を支える阿頼耶識に基づいているとする唯識仏教は考えるのです。これは玄奘三蔵(三蔵法師)によって中国に伝えられ、法相宗が開かれ、これが奈良の薬師寺・興福寺、京都の清水寺などに伝わっています。
 ただし、この『普勧坐禅儀』の一文ではこのような唯識哲学の術語として細かく心・意・識を解釈べきではなく、原始仏教から用いられてきた、こころの同義語として心・意・識を理解すべきでしょう。
 また「念想観」という言葉ですが、「思慮分別をめぐらしてある一つの観念をすること。四念処、九想、五停心観などの精神活動のことをいう」(『新修禅学大辞典』)という説明がなされています。これは江戸時代の注釈『坐禅用心記不能語』に基づいた解釈ですが、ここでいわれる四念処、九想、五停心観といった精神活動は、坐禅するとき、特定のイメージを心に思い描いて、それに集中する瞑想法のことです。いわゆる「観法」とか「観念」というのは、インド仏教で盛んに行われてきた瞑想法です。

 最近南方仏教のヴィパッサナーという瞑想法が注目されています。日本ではスマナサーラというスリランカの上座部仏教の長老がテーラヴァーダ仏教協会を東京の渋谷区幡ヶ谷に道場を構え、大勢の人々がその瞑想法に参じています。このスマナサーラ長老は『般若心経は間違い?』というような本を出版したり、芥川賞作家の玄侑宗久師をはじめ日本の仏教関係の人たちと対談集を出したりしています。横浜の朝日カルチャーセンターにも毎年講話に来ています。私も一昨年の幡ヶ谷のゴータミー精舎(道場)にうかがい、長老の説明にしたがってこの瞑想をさせていただいたことがあります。スローモーションで呼吸を整えて進んでいくのは禅寺の経行(きんひん)によく似た行法もありました。お経の中には、いわゆる禅観経典というインド仏教の瞑想の仕方を説く経典がありますが、そこに書かれてある慈心観という観法を実際にやってみて、大変参考になりました。
 ここでテーラヴァーダ(上座部仏教)の瞑想法に対して思ったことは、瞑想中の姿勢や作法のことです。それは南方仏教ではあまり姿勢や作法にこだわらないということです。南方仏教は坐禅の姿勢よりも如何に心が集中して瞑想するのかという点が最重要とされているようです。タイのアユタヤの修行寺にうかがったとき、瞑想中の人を何人も見かけましたが、それぞれが境内の各所で思い思いに坐って瞑想をしており、その姿勢も日本の坐禅のような、背筋をピンと立てて威厳のある姿には見えませんでした。

 日本の坐禅では姿勢を重視する傾向があります。昭和の名僧澤木興道老師が天草の宗心寺というところで修行時代、寺の者が外出して一人で留守番をしていたとき、いつも「小僧」「小僧」と見下していたおばあさんが本堂で一人坐禅していた若き澤木老師に対して、まるで仏を拝むごとく手を合わせたそうです。その様子を見て、澤木老師は坐禅する姿の功徳を知ったと自叙伝で述べておられます。
 日本の禅寺では坐禅堂に入ってから、「」という坐禅をする畳半畳(もしくは一畳)に至り、足を組むまでにさまざまな作法があります。そして坐禅中の姿勢も腰骨を立てて、坐蒲にどっしりと坐り、猫背になったりすると、すぐに腰骨を立てるように指導を受けます。また坐禅をする場合、一人で行うよりは、決まった時間に坐禅堂などのしかるべき場所で、一斉に坐るのが一般です。確かに僧堂なので整然と雲水たちが坐禅している様子は、澤木老師の場合ではなくとも荘厳なただずまいを感じます。
 ただ一方において逆に結跏趺坐などのきちんと姿勢をしてしまえば、それでよしとするところが傾向がないわけではありません。外からの坐禅の見栄えを気にして、肝心の心の中身の課題がおろそかになるならば本末転倒となりましょう。道元禅師は坐禅そのものが仏行、仏としての行いであるとされましたが、真に仏行として坐に徹することと、外から如何に見えるのかを意識する坐禅とでは異なります。

 実は念仏という行も、心にありありと仏を観想するのが、インド仏教で説かれる本来の念仏です(これを観想念仏といいます)。文字通り仏を念ずるのです。しかし心の中でこれを維持するのは難しいのでしょうか、日本の浄土仏教では「南無阿弥陀仏」と口で唱える念仏(口称念仏)にとってかわられるようになります。こちらの方が口で唱えるだけなので、だれでもできる行いであるとして、易行道(たやすい実践の道)として浄土宗で尊ばれるのである。これも内面よりも外から見える行として定着させる日本仏教の特質です。そのから見えるカタチを重んじるのは日本の型の文化の影響から来るのかもしれません。

 さて『普勧坐禅儀』の「念想観」の言葉の意味について戻りましょう。この語の解釈については、観想という意味のほかに単に心の分別のハタラキを示しているという理解もなされています。というのもこの文脈では「念想観の測量」というように用いられ、この「測量」とは「」も「」も心で「思いはかる」ことを意味します。すなわち『新編禅学大辞典』にも「思慮分別をめぐらして」という記述があったように、具体的な観法としてではなく、念・想・観の三つの心のハタラキとして思慮分別することと解釈するのです。この「念想観」という一つの言葉を理解するにはいろいろ難しい問題を含んでいます。
 こうした点をふまえて、改めて「心意識の運転を停め、念想観の測量を止めて」という一文を解釈するならば、あれこれ思いはかる心の分別のハタラキを止めてしまうこと、または具体的なイメージを描く瞑想をもはなれてしまうということを意味します。

 ところで通常「思慮分別」・「分別」という言葉は、よい意味で用いられています。「思慮深い人」とか、「大人であるならばもう少し分別をもちなさい」とか、「分別ある行動を」などという使われ方をします。それに対して無分別な行動というのは、社会的規範から外れた行動として受け止められています。坐禅においては、なにゆえこうした分別のハタラキを否定するのでしょうか。
 もちろん私たちは毎日思慮し分別しなければ生活はできません。さまざまな日常の場面において思慮分別することは人として社会的ルールを守る上でも大切なことです。ただ仏教や禅では、この「思慮」・「分別」は両刃の剣のようなもの(よい面と悪い面の両方がある)ととらえ、日常生活で必要だけれども、一方で迷いの根源にほかならぬとします。 「分別」とは、心がある対象の一部を分けてとらえることにほかありません。ものごとの実物から一部分を切り分けることが「分」・「別」に他ありません。
 たとえば授業を学生が聴講する場合、耳から先生の説明の声が、目には先生の書く板書が見えています。しかし耳や目は黒板や先生の声をキャッチしているだけではありません。先生の声以外の廊下のざわめきやカラスの鳴き声などもキャッチするでしょうし、目は教室の黒板の近くにおいてあるもの(消火器やゴミ箱など)も映し出しています。しかしいろんな音が聞こえ、様々なものが見えながら、学生は先生の説明する声と黒板の字をその風景から切り取って認識しているのです。中には外のざわめきの方が気になって授業に身が入らない学生もいたりします。
 また同窓会などの集まりで何百人が集まっても、自分に関わり合いのある十数人かの人しか認識できないでしょうし、その中にもし心ときめく人がいたら、頭の中はその人だけなどということもあるのではないでしょうか。そういう意味でこの世界は自分が分別した世界、自分の心が切り取った世界であるといえるのです。
 また、私たちは分別によって、まだ名前もつけられない「もの自体」について概念や名称を付与して抽象化・概念化しています。たとえばある花について「バラ」と言葉・概念を結びつけます。それからこうした概念に基づいて、比較して判断をするのも「分別」のハタラキです。つまり、人と比べて得をした、いや損をした、といったような比べて判断することも分別のハタラキです。つまり、人と比べて得をした、いや損をした、といったような比べて判断することも分別のハタラキです。
 これらはある特定の視点から(それは自分という視点から)ものごと自体から切り取って判断する作用であり、一般的にはそれが社会を生きていく上で有効なのですが、いったん概念化して比較するということがしばしば行われるのです。
 その場合、それらが目盛りのついたものさしのようなものがあれば、数値化もしくは可視化されて便利です。たとえば人間を評価するのであれば学歴・地位・経済力・財産などが目に見える物差しです。こうした目に見る物差しは比べるときに有効ですが、人間そのものの価値を評価するのに必ずしも有効であるとはいえません。これらは自分自身がもつ物差しではなくて、あくまで借りてきたものさしだからです。

 「余生」という言葉があります。会社など引退した後の人生をこういいますが、果たして余りの人生なのでしょうか、意味のない人生なのでしょうか。借りてきたものさしである肩書きで生きてきた人にとっては確かに余生となりますが、肩書きから離れた一人の人間そのものとしての生き方が問われるのが余生ではないでしょうか。
 東京の芝公園の曹洞宗宗務庁で四年間禅教室で講師をさせていただいた時に川上忠志さんという能楽師の方と知り合うことができました。この方は「余生」ではなく「与生」という言葉をモットーに生き抜いた方です。この方はガンを患っておられましたが、一昨年駒沢女子大学の授業で伝統芸能に触れる時間を設定し、この川上さんを講師としてお迎えしました。学生を前にして一時間もとうとうと話し続け、そろそろ実演をお願いしますと促されて能の実演を始められました。あの熱意ある講義には学生たちになにか伝えたいという思いがあったのでしょう。講義を終えると、控え室で倒れるようにぐっすりと一時間ほど休まれていました。その後、校門のところまでお見送りしましたが、川上さんは「また機会があれば来年もどうかよろしく」とほほえみをうかべて颯爽として車に乗られて大学を後にしました。さわやかに去っていかれました。翌月に亡くなられましたが、後で奥様にうかがうと講義をした時は一切食物は採らず、点滴だけだったそうです。
 この方の佐渡の正法寺というお寺のお墓にはこの「与生」という文字が石塔に刻まれていました。正法寺は佐渡に流された世阿弥がいたお寺ですが、川上さんが発起人となって「世阿弥供養塔」を境内に建立しています。私もその除幕式に行ってまいりました。その一門の能楽を拝見しましたが、演目が終了すると、全員が能舞台の上で、「願わくはこの功徳をもって普く一切に及ぼし 我らと衆生とみなともに 謡曲道を成ぜんこと」と合掌して唱えておられました。「普回向」の心を能楽という道にも活かしていこうということでしょうか。その意味で川上さんのいう「与生」とは他者に与えていく生、生き方といえましょう。川上さんは人生には余りの生はないととらえ、自分自身の生きる意味をこの言葉に表しています。それは他人から与えられたものさしに振り回されず、本日ただいまの私の命を生きていくことに他ありません。かけがえのない私の今日の命の尊さに気づき、何気ないこの一日を精一杯生きていくことなのです。最後まで精一杯生き抜かれた川上さんをあえて紹介させていただきました。
 川上さんも参禅なさっておられたましたが、このような自らの人生に対する積極的な姿勢は、思慮分別にとらわれぬ坐禅のあり方から出てくるのです。このような心的態度が『普勧坐禅儀』では「作仏を図ることなかれ」(仏になろうとするな)という一句につながってきますが、これについては次号において解説したいと思います。 (続)

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