成寿一覧表

成寿 第42号 〈育英生からの便り〉

日本で一番感じられた文化と善光寺との出会い

アイーダ・ママードウァ(第22回育英生)

 私はアゼルバイジャン人のイスラム教徒で2009年4月より国立金沢大学大学院医学系の博士課程に入学しているアイーダ・ママードウァです。私はアゼルバイジャンの首都バターに住み、バター国立大学の生化学部からその大学院修士課程を修了し、修士のときイギリスに二年間留学しました。
 私は、子供のころからイスラム教徒の教育を受け育てられた子でした。学校以外に、自分一人で行けるところは家の近くにある古い図書館だけでした。図書館で働いているお婆ちゃんは私のことが大好きで、いつも一番いい本を薦めてくれました。しかし、ある日、そのお婆ちゃんは私に仏陀の本を貸して、これは内緒で、この本を誰にも見せないでと約束しました。その本を読んだ後、仏陀への興味と感心はずっと続きました。そこから、さらに仏教への興味と感心がつながっていきました。
 図書館で仏教に関する本ばっかり読み始めて、日本の文化の背景である日本仏教にも興味深くなりました。しかし、日本の文化を本から読んでも、分からなかった。仏教を知的に理解できない。いくら本を読んでも分からなかった。大きな壁にぶつかったような感じでした。その壁を乗り越えるために、仏教を体を通して、体験的に学習したいと思うようになりました。そのために、どんな難しくても、実際に日本へ行って、日本の文化や日本の仏教を体で体験することを強く決意しました。
 修士課程を修了したあと、両親の猛烈な反対を押し切って日本へやって来ました。日本へやって来た私は、福井県の永平寺、神奈川県、石川県の總持寺をはじめ、多くの寺院を歴訪しました。そして、これらの寺院を歴訪するうちに、寺院に止宿して、仏教を学習しようという想いがだんだんと募ってまいりました。けれども、この希望は、そう簡単にはかなえられそうにはありませんでした。
 私の願いを受け入れてくれたお寺は、石川県金沢市の大乗寺だけでした。大乗寺の東鱆チご住職様です。東ご住職様は私がイスラム教徒であることを前提として、あなたが希望するならばあなたの仏教への興味と関心を体験的に学習することを、この大乗寺で許可するとおっしゃっていただきました。そこで2007年4月より、私は大乗寺に入り、毎朝午前4時30分から坐禅、朝のおつとめ、作務など、ほとんど大乘寺の雲水と同じ生活を学習していました。ある朝、大乗寺できれいな尺八の音が聞こえました。お寺の静かな景色の中で、尺八の音は心を鎮めるように響いていました。私はあの音にびっくりし、尺八の練習をやり始めました。今でも、毎日学校へ尺八をふきながら通っています。
 私は大乗寺で生活し、仏教、禅などは神経障害や精神的に崩れた人たちにも、きわめて有効な力を発揮するのではないかと思うようになりました。それで、金沢大学の神経科学や意識の専門分野へ入学しました。しかし、勉強を続けるために経済的に非常に困難な状態でありました。大学で勉強しながらできるだけアルバイトに時間を費やしたくないと考えておりました。ある日、大乘寺で横浜善光寺のご住職様黒田老師と出会いました。善光寺には日本で留学している、あるいは日本から海外へ留学している僧達を支える横浜善光寺留学僧育英会があることを聞きました。自分はお坊さんじゃないですけれども、仏教を学びたい気持ちはとても強かったので、第22回育英生になりました。善光寺の育英会に支えられて、助けられました。善光寺と出会うことができてとてもよかったと思います。
 私はさらに日本の文化や仏教を身につけるために、お釈迦様や菩提達磨の教えに薬づいて日本武道である少林寺拳法も始めました。毎日大学が終わったあと、道場へ通って、稽古し、武道大会にも参加するようになりました。最近、初段の黒帯になりました。また、合気道や居合の稽古も始めました。現在は大学の博士課程の四年生です。大学を卒業した後は、日本で修得した日本の文化を、社会に役に立てるような人間になりたいと思います。それで、日本や母国アゼルバイジャンの文化的な交流をもっと深めていきたい。社会に貢献できるような人間になるために、まず自分を育てて、自己確立したあと、人びとのことを理解し、世界平和のために役立ちたいと願っています。ありがとうございました。

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