成寿一覧表

成寿 第四十三号 
〈連載〉 『普勧坐禅儀』に学ぶ  その七

駒澤女子大学 教授 安藤 嘉則

〈本文 書き下し文〉
作仏さぶつを図ること莫れ。あに坐臥にかかわらんや

〈現代語訳〉
仏となろうと思いはかってはならぬ。それは 坐るとか臥すといった体の姿勢に関わらないのである。


 道元禅師の『普勧坐禅儀』は、まだ坐禅の作法が、ほとんど知られていなかった鎌倉時代にあって南末に渡って天童山の如浄禅師の下で修行し、その大法を得て帰洛して間もない頃にお書きになった書物です。
日本仏教史において初めて坐禅を本格的に紹介した画期的な書ですが、基本的な作法から禅思想の深淵なところまで示されており、二十代でよくこのような本を古かれたなというのが率直に思うところです。
 さて前回に引き続き、本文を読んでいきましょう。この『普勧坐禅儀』の「仏になろう(作仏を図る)としてはならない。」という一節は前回に紹介した「心意識の運転を停め、念想観の測量を止めて」に続く文章です。つまり坐禅においては、心のさまざまな働きを止めて、さとろうとしてはならないのであり、それは坐るとか臥すとかいう姿勢には関わらず、仏道の大切な前提であるというのです。
 この「作仏」、すなわち「仏と作る」という言葉ですが、釈尊や阿弥陀仏のような仏になるという意昧に解するのではなく、ここでは「さとる」という意味の方が理解しやすいでしょう。そもそも「仏」というのは元来梵語(サンスクリット語)のブッダ(buddha)という発音を音写した漢字ですが、このbuddhaとはbuddh(覚る、目覚める)という動詞の完丁形で「さとった」とか「目覚めた」という意味です。これが「真理に目覚めた人」という意昧で用いられるようになったのです。したがってブッダというのは本来固有名詞、すなわち名前ではありません。また、真理に目覚めた人は釈尊一人ではないので、大乗仏教では薬師仏とか、さまざまな仏が登場するに至ります。
 さて、この『普勧坐禅儀』の「仏になろう(作仏を図る)としてはならない」という言葉は、「さとろう」という目的意識をもって坐禅してはならぬという意昧ですが、これに対して素朴な疑問を抱く方も多いかもしれません。それは「さとること」、あるいは「仏になること」(成仏)こそが仏教の大切な目的ではないのかと思うからです。
 今日、坐禅会などで坐られる参禅者の方々も、坐禅をすることによって、精神をひきしめる、集中力を高める、姿勢がよくなるといったような効果を期待してはいないでしょうか。さとりの体験とまではいかなくても、きっと心のどこかで坐禅することに意昧を求めようとする気持ちはだれしも否定できないでしょう。特に仏道を歩もうとする修行者たちであれば、自らの修行の歩みの先に、さとりの境涯、もしくは成仏ということを漠然と思い描くのはむしろ自然なのではないでしょうか。人間は自らの意識して行う行為には無目的といいながらも無意識のうちに意味づけをしようとするはずです。私たちはスポーツや武道であれば、相手に勝つことが目指す目的となりますし、勝負でなくとも練習の結果、黒帯をとるとか、段位が上がるとか、目に見える成果を求めたくなります。
 この『普勧坐禅儀』の「作仏を図る莫れ」という言葉は、まずこうした前提を踏まえて考えてみなければならないと思います。『普勧坐禅儀』は坐禅とその実践思想を日本の仏教において初めて説き示すための書でしたが、坐禅を「普く勧める」とタイトルにあっても、実質的にはこれから坐禅修行に専心する修行者たちに向って説き示されています。
 道元禅師は如浄禅師の下で厳しい修行をされ「身心脱落」という体験も伝えておられます。しかしそういう厳しい坐禅修行と「身心脱落」体験があっても、「身心脱落」をめざすような坐禅を強調することはありませんでした。つまりゴールとしての「さとり」を措定して坐るあり方を否定され、修証一等、つまり修行を離れては悟りはないという姿勢を貫き、
只管打坐しかんたざ(ひたすら坐る)という教えを強調なさったのです。

 五木寛之さんの本に、『人生の目的』という本がありますが、最後の方を読むと、「人生に目的はない」と書いてありました。そして、人生にはそれぞれの小さな目標はあるだろうが、人生はむしろ人生の目的をみつけることに意昧があるというようなことが書いてありました。祈角本を買って、なんだかだまされたような思いもしましたが、その通りだと思います。
 本当の人生の目的とは、かけがえのない私のいのちの意義、つまり私が生きている意味を知ることであります。勝負に勝つことも、黒帯をもらうことも人生の中での小さな目標ではあっても、大きな目的ではありません。黒帯や勝利そのものよりもそれを得るために一所懸命頑張った日々の練習の中にかけがえない意昧があるのです。
 道元禅師にとって坐禅はさとりという目的を得るための手段ではありません。坐禅そのものが大切な仏としての行いです。
 ところで、この「図作仏」(作仏を図る)という問題については、中国禅宗の南嶽懐譲(七四四年寂)とその弟子の馬祖道一(七八八年寂)の問答、いわゆる「磨塼作鏡」の話がよく知られており、この『普勧坐禅儀』の一文もこの問答を前提にしていると考えられます。そして、この「磨塼作鏡」の話に対して道元禅師は独自の坐禅観を打ち出しており、重要な意昧をもつ問答なので以下に紹介いたしましょう。
 あるとき馬祖道一が坐禅をしていると師の南嶽懐譲が坐禅をしてどうするのだと問います。以下南嶽と馬祖の問答です。
 南嶽「大徳、坐禅図箇什麼(大徳、坐禅して箇の什麼なにをか図る)」
 馬祖「図作仏(作仏を図る)。」
 師乃取一塼。於彼庵前石上磨。(師〔南嶽〕 乃ち一塼を取りて、披の庵前の石上に於いて磨けり。)
 馬祖「師作什麼(師、什麼なにをか作す)」
 南嶽「磨作鏡(磨きて鏡と作す)。」
 馬祖「磨塼豈得成鏡耶(磨塼、壹に鏡と成すことを得んや)。」
 南嶽「坐禅豈得作仏耶(坐禅、豈に作仏を得んや)」
 馬祖「如何即是(如何が即ち是ならん)。」
 南嶽「如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是(人の車に駕するが如き、車若し行か不んば、車を打つが即ち是なりや、牛を打つが即ち是なりや)。」
 一 〔=馬祖道一〕、無対(こたうる無し)。

 この問答は次のような内容です。ある日、坐禅している馬祖に対して師の南嶽が「坐禅をしてどうするのだ」と問うと、馬祖は「仏になろうとしています」と答えます。すると南嶽は足下の塼(敷き瓦)を取り上げて石でゴシゴシこすり出しました。不思議に思った馬祖が「師は何をしておられるのですか」と問うと、「鏡にしようと思う」と答えたのです。もちろん瓦は鏡になるはずはありません。思わず馬祖が「塼を磨いていったい鏡になりましょうか」と言うと、南嶽は「それならば坐禅をして仏になれるのか」と切り返したのです。
 ここには坐禅すれば仏になれるという馬祖が前提としていた考えを南嶽は根本からひっくり返してしまったのです。仏になるのに坐禅は必ずしも必要ではない、むしろ大切なのは私たちの心そのものが仏に他ならないことを諭したのです。これは後に馬祖の「即心是仏」というキャッチフレしスで多くの人材を育成し、洪州宗といわれる宗派を成立させていますが、その原点ともいうべき思想をここに見出すことができます。
 さて、この南嶽の言葉をまだ理解できない馬祖が「いったいどうしてそうなのでしょうか」と尋ねると、南嶽はそれに答えず、「人が牛車に乗る場合、進めるには、牛を打つのがいいか、車を打つのがいいのか」と問うと、馬祖は黙り込んでしまいます。もちろん牛車を進めるのに、車を打っても仕方がありません。牛を打たねばならないのですが、坐禅をして仏になろうとしていた馬祖は車を打っているのだと諭したのです。この場合、牛はわが心(即心)に他ありません。
 このように「磨塼作鏡」の間答は坐禅しても仏にはなれぬという意昧ですが、これは馬祖の門流の人々は、坐禅をあくまで修行方法としてとらえ、肝心なのは自身の心がそのまま仏であるととらえていたからです。「平常心是道」という有名な公案は馬祖の弟子の南泉普願(八三五年寂)の言葉ですが、禅の真理とは閉ざされた修行道場の中に見出すのではなくて、日常のありとあらゆる場面、いわゆる日常茶飯事において道(真理)を見出すことが主張されます。これは馬祖以降の唐代の禅宗で主流になっていくのですが、坐禅はどちらかというと強調されることがなくなります。
 しかしながら道元禅師の師である如浄禅師は坐禅に徹した人でした。そして如浄禅師の教えを受け継ぎ、「只管打坐」の仏道を強調したのです。当時すでに栄西禅師が臨済宗をロ本に伝え、建仁寺を京都に開き、その弟子の円爾も東福寺を開いています。ただ建仁寺にしても東福寺にしても当時山内には止観院と真言院が存在し、栄西流の密教が伝授されていたのであり、確かに日本の禅宗史において大きな意義を有していましたが、純粋に坐禅を中心として仏法の確立を目指したのが道元禅師であったのです。
 ですから「大徳、坐禅図箇什麼(大徳、坐禅して箇の什麼をか図る)」とあったのを、あえて「図」を「図る」とせずに「描くこと」・「姿」の意昧で取り、また「箇什麼(箇の什麼をか)」という疑問文を「この什麼(真実)そのもの」と解し、この▽又を「坐禅の姿(図)はまさにこの真実そのもの(箇什麼)に他ならぬ」とするのです。すなわちこの磨塼作鏡の話を道元禅師は坐禅否定の文章ととらえず、仏になろうとする坐禅を否定する意昧として受け止めるのです。
 道元禅師は「一切衆生、悉有仏性(一切の衆生には悉く仏性有り)」という経文を「悉有(あらゆる存在)は仏性なり」と訓じて、独自の思想的展開をさせています。こうしたダイナミックな経文理解、そして祖師の公案の理解に道元禅師の真骨頂がみられるのです。    (続)


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