成寿一覧表

成寿 第43号 ●秋彼岸法話
平成24
長泉寺住職 水庭浩章老師

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無限に広がる「ご縁」のなかを過不足なく生きている

  山があっても山梨県  海がなくても甲斐の国
 私の住む山梨県は、この言葉の通り、四方八方を山々に囲まれております。
 その真ん中に、甲府盆地があります。盆地は、お椀の底のような形をしておりますので、夏は熱がこもりとても暑うございます。
 今年の最高気温は、38度。数年前には40.2度を記録致しました。そんな日が続きますと、冬が恋しくなります。「半年前はよかったな。冷たい風が懐かしいな」なんておもうこともたびたびありました。

 ところが、甲府は冬も厳しいのです。北にかまえる八ヶ岳や北岳などの3000メートル級の山々から吹き下りてくる乾いた風、地元では「甲州の空っ風」と言っていますが、これまた身にこたえます。
 そうなると夏が恋しくなります。「早く夏にならないかな。暑い日にかき氷でも食べたいな」などと、おそらく半年後には言っていると思います。
 人間は都合よく考えますから、おそらく私以外の山梨県人も同じように考えている人は多いと思います。
 しかし、天気にしても、何事にしても、都合よくいかないのが実状です。すべてが人間の都合通りに進んだら、これほど怖いことはないと思います。

 ここで、「価値」ということについて考えてみたいと思います。
 私が今、身につけているお袈裟。実際に私の連れ合いが縫ったものですので、決して形がいいとはいえませんが、私にとってはものすごく価値のあるものです。私にとっては、この布のつなぎ合わせたものは、仏さまそのものであり、直接地面に置くことなどできません。それほど、尊いものです。
 でも、皆様にとっては、必要としないものですよね。貰っても使い道がないと思います。
 逆に、多くの方がお召しになっているワイシャツやネクタイ。なかには、それがなければお仕事にならないという方もいると思います。しかし、私はそれを必要とはしません。
 それ以外にも、それぞれの仕事や趣昧で、それぞれに必要なものが違ってきます。そのように、人の価値観はそれぞれなのです。

 先人の言葉に「山は木あるをもって尊しとなす」という言葉があります。
 山は、木があってはじめて価値があるのだ。木のない山など価値がないのだ、ということでしょうが、山からすれば迷惑な話です。山は木があろうが、なかろうが、歴然としてそこにある。山は山なのです。それを、無理やり比べるのは人間の計らいです。人間の都合で作られた価値観です。(余語翠巌老師『禅の十戒』から引用)

 そのような価値観はとても怖いです。例えば、男は外に出て働いて、女は家に入って夫の帰りを待つという人がいますが、それはそれでいいのですが、それだけが正しいというわけではないということです。逆だっていいのです。そこを、こうでなくては駄目だと、鼻息を荒くして価値観を押し付けることがいけないことなのです。
 また、先入観も怖いですね。自分の思いこみや、人から聞いた話を鵜呑みにして、人を評価するようなことはないでしょうか……。
 誤った価値観は、ときに人を傷つけてしまうことも大いに有り得ると思います。よくよく気をつけなくてはなりません。
 しかし、そう言っている私自身も、人間の都合で作られた価値観に振り回されて生きてきたような気が致します。本来比べることなどできないものを比べて、あれやこれやと苦しんでいました。

 そんな私を救ってくれたのは、僧侶としての修行でした。
 修行に入ると、いわゆる「お決まり」の儀式があります。昔から修行している先輩憎侶が、新参者の修行者に「ここに何しに来た」と問いかけるのです。それに対して「修行しに来ました」と答えます。すると、先輩憎侶は「何のための修行か」と。
 その答えに新参者は困ってしまいます。自分の為と言っても、世の為人の為と言っても駄目なのです。何故だかわかりますか?自己主張になってしまうからです。正解のない問いかけです。意地悪な質問に、新参者は苦慮してしまいます。しかし、これは決していじめているのではありません。
 そこでのやり取りの本意は、「自分の価値観をなくしてしまえ」ということなのです。

 お寺の修行道場では、世間一般の価値観が当てはまりません。その人が何をしてきたかということは全く関係ないのです。会社の社長さんであろうと、学校の先生であろうと、テストの出来が良かろうが悪かろうが修行道場には待ち込めません。
 同じ年に修行に入った仲間が約30人。年も違えば、今までやってきたことも違います。アメリカで音楽の勉強をしていた人、バーテンダーだった人、サラリーマンだった人、中には、暴走族に属していた人もいました。
 その一人ひとりが、同じように毎日の修行を重ね、共に助けあいながら、励ましあいながら必死に過ごしました。修行内容もとても厳しいものでした。特に入ったばかりは、朝、まだあたりが真っ暗なうちに起きてから夜遅くまで、全くといっていいほど休めません。
 特に、辛かったのが食事です。とにかく作法が厳しいのです。一つ一つの身体の動かし方、器の広げ方や終い方、お給仕の仕方、口への運び方、洗い方など事細かに決められています。食事はいのちを頂く修行ですので、箸の上げ下ろしにいたるまで気を抜くことは許されません。そのような状態での食事ですので、はじめのうちは緊張して少しの量しか食べることが出来ません。ですから体力もどんどん落ちていくのですね。
 肉体も精神も疲れ切った状態でいますと、皆さんもそうだと思いますが、甘いものが欲しくなります。

 修行に入ってひと月ほどたったある日、たまたま法要の供物でロールケーキが上がりました。その御供物を、修行僧で分け合えることになりました。みんな、嬉しくて、嬉しくて、大喜びです。待ちに待った甘いお菓子が食べられるのですから……。
 しかし、ここからが問題です。一本のロールケーキを同部屋の十六人で分けるのです。慎重に、慎重に切り分けました。

 ここで、事件が起こります。みんなで一斉に手をだした時、「お前、厚いのをとるな」「うるさい、遅いのが悪いんだ」と大げんかになってしまいました。
 ひもじい思いは、人間を変えてしまいますね。大の大人がお菓子の厚い薄いでケンカですから。この頃は、満足に睡眠もとれない、お腹も空いている、先輩にはおさえ付けられる。そんな状態ですから、みんな殺気立っていました。私も、今ではなんであんなことでと思うような些細な事で腹を立てていました。

 そんな、喧嘩ばかりしていた仲間なのですが、今では、みんなかけがえのない友です。みんなそう思っていると思います。何かのときには集まって、むかし話に花を咲かせています。
 お寺の修行は、一人では続けることが出来なかったと思います。みんながいたから、共に助けあいながら、励ましあいながら、時には喧嘩をしながら、お互い歯を食いしばり、続けることができました。
 甘えの許されない修行。自分の価値観を押し通すことは不可能です。そんな時間が長いと、自分という人間がだんだん見えて、感じてくるのです。俗世から離され、修行により自分と向き合うと、仏の教えというものが、すんなり入るようになりました。
 それは、人間には上下はない。絶対に平等だということを。

 ここで、お釈迦さまのお話を致します。
お釈迦さまは、インドの北部、ネパールのタライ地方にカピラバストゥという小さな国の王子として、今から約2600年前にお生まれになられました。
 小さいとはいえ一国の王子ですから、おそらく物質的には恵まれた中でお育ちになられたと思われます。
しかし、成長される過程で様々な苦悩が生じてきました。それは、人間が抱く様々な苦しみ、例えば、人が歳を取り、病気になって、やがて死んでいくこと。大切なものを失う悲しさ、自分の思い通りにならない苛立ちなど、そういった苦しみがどうにもならないこと。また、欲望渦巻く人間の醜さ、王子という立場が一層そのことを感じさせたのでしょう。そういうものに嫌気がさしてか、自らのやすらぎを求めて出家を決心なされました。二十九歳のことでした。

 その後六年乃至七年間といわれておりますが、人里から離れて厳しい修行にはいられます。その修行内容は、「一日に、少しの胡麻と麦を食べるのみで、顔はやつれ、身体は痩せこけ、散策往来するにも、杖をついて、やっと立ち上がった」と伝えられているように、絶食に近い、命懸けの苦行を実践されたということです。
 お釈迦さまは、この苦行林でさとりの完成に近いところまでいきました。しかし、どんなに自分を苦しめても、どうしても完成できませんでした。
 そこで、お釈迦さまは苦行林を離れます。そして、さとりを求めて辿り着いたのが、尼連禅河という大きな河のほとりにある村でした。お釈迦さまは、その村の長者の娘スジャータから牛乳で炊いたお粥の供養を受けて体力を回復し、自らが悟りをひらく為の場所を探します。
 そして、大きな木の下を選びました。なぜ大きな木の下かというと、本陰があるからです。インドはとても暑い国です。坐禅は我慢比べではありませんから、坐りやすい涼しい場所を選ぶことが大切です。
 お釈迦さまは、さとりをひらくまで絶対にここを動かないと決意され、樹の下で坐禅に入られました。
 その時です。その村の人々が柔らかい草を持ってきて、お釈迦さまの坐を拵えたそうです。

 お釈迦さまは、ここで大きく変わります。今までは、苦行林などで独りで修行をされていました。つまり、自らの修行です。
 しかし、尼蓮禅河の辺に移られてからは、スジャータという女性から食べ物の供養を受け、大勢の村人たちから柔らかい草で坐る場所を作ってもらうという供養を受けました。
 これが、今日の仏教精神の大事なところです。
 お釈遊さまお一人では、いくら苦行を積んでも完成できなかった。人々のたすけがあってはじめて完成することができたということです。

 お釈迦さまがおさとりをひらかれて言われたと伝えられている言葉が、『我と大地有情と同時に成道す』です。
 「我」とは、お釈迦さまお一人を示すものではなく、命の源を示しています。すべてがここから生まれてきます。当然、お釈迦さまも命の源から生まれてきたわけです。私たちも同様です。
 「大地有情」とは、この世のありとあらゆる存在のことです。ですから、「我」と「大地有情」とは別々のものではなく、一つのものです。この世の一切合切すべてということです。
 「同時に」というのは、その瞬間瞬間のいつでもの意昧で、「成道」とは、道を成す、つまり、おさとりのことです。
 「この世のありとあらゆる存在のすべては、いつでもそこに、尊い存在として道を成している」いつでもそこに、過不足なく備わっているではないか……、ということです。
 すべてが尊い、決して比べることなどできない一つの世界です。
 私たちは、それぞれ別々の存在としてここにいます。それぞれに名前があり、顔も違い、年齢も違い、背の高さも違います。男性もいれば、女性もいます。
 みんな違うのだけれども、過不足なく尊い姿で生きているのです。私たちに上も下もありません。すべてが平等なのです。
 そこを、無理矢理比べたがるのは人間の計らいです。本来比べることなどできないものを比べて、善いとか悪いとか、好きとか嫌いとか、背が高いとか低いとか言っているのが入間です。
 私たちは、お互いに尊い存在である。その時に、自分の価値観など、どうでもよくなってくるのですね。お互いに認め合い、協力し合いながら生きていくのが人間の知恵です。

 昨年の東日本大震災、あれからもう一年半が経ちましたね。本当に衝撃的な出来事でした。この世の無常、命の優さというものを痛感いたしました。
 震災で亡くなられた方は、丁度一年半経った9月11日の時点で、15,870人。行方が分からなくなっている方は、2,814人。途方もない数です。避難や転居を余儀なくされている方は34万人以上です。
 震災前は、皆さんそれぞれ、笑ったり、泣いたり、仕事をしていたり、勉強していたり、生まれたばかりであったり……。ただただ、平和な日常を送っていた方々。一人ひとりに人生があり、歴史がありました。
 私たちはこれからも生きていきます。亡くなられた方から見たら、生きたかった一日、ほしかった時間を私たちは生きていくのです。その方々の分まで、大切に生きていかなければいけません。

 震災からニケ月たった昨年五月の連休明け、石巻にボランティアに行ったのですが、その時に知り合いの石巻の和尚さんにも会ってきました。その方のお寺は、海から離れていて、津波の被害は免れました。
 近くの小学校の体育館が避難所になっていて、用事のないときにはいつも避難所に行って、披災された方を励まされていました。私が伺った事を喜んで下さり、夜一緒に食事をすることになりました。

 その席で、私はこんな話をしました。
 「三月十一目以降、こちらでは大変な思いをしているのに、山梨では、計画停電の影響はあるものの、ほとんど以前と変わらない日常を過ごしています。何かしたいけど、何もできない。できることといったら義援金を贈るくらいで……。なんだか、後ろめたい気持ちになってしまいます」。
 すると、その和尚さんにお叱りを受けました。
 「なんで後ろめたいなんて思うんだ。あなたはあなたで、山梨で頑張っていればいい。和尚としてしっかり生きていれば、巡り巡って、それがそのまま被災された人々の為になるのだから……」
 そのようにおっしゃって下さいました。

 こんな話があります。
 ある夏にラジオで、夏休み中の子供達の相談を受けるという番組がありました。子供が様々な質問を電話で訊ねて、大学の先生だったと思うのですが、その質問に答えていくという番組です。
 ある日、子どもがこんな質問をしました。
 「蚊というのは、本当に不愉快です。刺されると痒いし、剌されたことによって重い病気になってしまう事もある。いい事なんて一つもない。人間は、宇宙にロケットを打ち上げたり、ものすごい技術があるのに、どうして蚊をこの世から蚊をなくしてしまう事ができないのですか?」というものでした。

 この質問を聞いた先生は「うーん」と唸ります。どう笞えたらいいのか、困っているようにも聞こえましたが、しばらくして、ゆっくりとお答えになられました。
 「○○君、今の人間の技術を持ってすれば、この地球上から蚊を全滅させることはできると思います。だけどね、そうしてしまうと蚊を食べて生きている小鳥が困るでしょう。そのことが廻り廻って、数年後には人間にも影響が出てきてしまう。だから、蚊もとても大切な生き物なんだよ」と。
 ここが大事なところです。私たちのこの命も、今の話の蚊のお話にしても、いろいろな縁によって生かされているということです。
 沢山のいのちを、私たちは食事として頂戴しています。お肉、お魚、お米、お野菜など、全ていのちです。そのいのちを、縁あって頂いて、私たちは生きることができます。
 私たちが生きていくために欠かすことのできない水や酸素も、大地のお恵みです。私たちは、大地有情と別々にはなれないのです。別々になれば、ここに存在できないのですから……。

 また、今申し上げたことは、今現在の空間だけのお話ですが、時間、過去においても、未来においても、同じ事が言えます。
 自分の過去をみますと、沢山のご先祖様がいらっしゃいます。そのご先祖様のうち、誰か一人でもいらっしゃらなければ今の私は存在しません。しかも、そのご先祖様方は命懸けで、このいのちを繋いで下さっています。

 実は、お釈迦さまのお母様は、産後七日でお亡くなりになられています。おそらく、出産が原因であったであろうといわれています。
 このことは決して珍しいことではありません。医学が進歩している現在でも、お産が原因でお亡くなりになる母親はいらっしゃるのです。
 私たちがこの世に生まれてくることは、いのちを懸けた営みなのです。おそらく、私たちのご先祖様方の中にも、自らのいのちと引き換えに、このいのちを繋いで下さった方はいることでしょう。そのお陰で、今があるのですから、私たちとご先祖様方は切っても切れない間柄です。
 同じように、未来の代々から見ても、私たちとは別々の存在にはなれないのです。みんな一つです。
 また、血縁に関係なく、私たちは、過去の様々な歴史の影響を受けて、今がある訳です。今だけが、独立してあるのではありません。すべて繋がっているのです。当然、私たちの行いが、未来に生きる人々へ影響を及ぼします。環境問題も他人ごとではありませんね。
 私たちの行いは、必ず、いろんな方面に影響を及ぼします。同じように、私たちはいろんな方面から影響を受けて生きています。
 目に見える範囲もあれば、目に見えない、空間も時問も超越した処にも影響を及ぼし、また、受けています。

 コーネル大学惑星研究所所長の故カール・セーガン博士が、宇宙創生(ビッグバン)から今日までを一年・十二ヵ月のカレンダーにあてはめた「宇宙カレンダー」というものを考案しました。
 ビッグバンを1月1日の午前零時として時代を下って行きますと、地球ができるのは9月の半ばで、9月の後半にようやく生命が芽生えます。大気ができたのが10月後半、酸素が増えてきたのは11月に入ってからです。

 その後、具体的な目に見える生命の誕生となると、12月19日に最初の魚が登場、21日に動物が陸に上がり始め、26日に最初の哺乳類が誕生します。
 では、我々人間の最初はいつかといいますと、大晦日の、しかも午後10時30分、あと一時間半で新年を迎えるという時にようやく登場します。
 先ほど、お釈迦さまは今から約2600年前に誕生したと申し上げましたが、この宇宙カレンダーに当てはめると、お釈迦さまが誕生したのは、新年を迎える三秒前です。
 では、私たちはどうなのか。お釈迦さまが三秒前であれば点にもなりません。そんな点にもならない私たちが、この宇宙の大きな歴史と繋がっているとは、なかなか意識できないと思います。でも、繋がっているのです。宇宙の歴史がなければ、私たちは存在できないのです。
 ビッグバン以降に素粒子が衝突を繰り返し、形を作り、星になり、そのなかに地球ができて、太陽からの距離、月の存在、すべてがそろって、はじめて私たちがいるのです。宇宙と私たちとは切っても切れない間なのです。大きな大きな一つのいのちです。
 そのことに気付き、謙虚な気持ちになれれば、いろんな世界が広がってきます。でないと、もったいないです。

 「我と大地有情と同時に成道す」
みんな尊いのです。みんなお釈迦さまと同じなのです。
 そんな、急に「あなたはお釈迦さまと同じだよ」といわれてもと戸惑う方もいらっしやるかもしれません。
 でも、皆さんは皆さんでいいのです。口下手でも、赤面しても、手が震えても、うまく表現できなくても、気にする必要はありません。あなたはあなたでいいのです。
 あなたはあなたで唯一無二、尊い存在なのですから……。

 大切なのは、その行いです。本日は、秋のお彼岸の二日目です。彼岸というと「彼の岸」と書きます。それに対して、「此の岸」と書いて、此岸といいます。
 彼岸はあちら側の仏の世界、悟りの世界で、此岸はこちら側の、いわゆる娑婆世界、迷いの世界と両極端に捉えてしまいがちですが、そうではありません。
 私たちの行い次第で、いま、私たちのいる足元が、此岸にもなるし、彼岸にもなるのです。
 謙虚に、自分を作りだし、いのちを支えてくださるすべての存在、「縁」に感謝して、人の喜びを我が喜びとし、むやみに怒りをあらわさず、他人を認め、自分自身を認めること。
 そこには、ほとけが表れます。あなた自身がほとけです。姿形は変わるわけではありません、そこにある景色が変わるわけではありません。
 だけど、自分自身の心が、目に見える世界が、「彼岸」悟りの世界となるのです。

 当然、彼岸に到ってそれで終わりというわけではありません。その瞬間瞬間で、いつでも彼岸にもなるし、此岸にもなります。
 せめて、この一週間は、彼岸に到り、そのお姿を、皆様方の亡き大切な方々にお見せしてまいりましょう。
 皆さま方が、心安らかに、幸せに生きていくことを、きっと亡き大切な方々は望まれています。  

 


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