瑩山( けいざん)
紹瑾( じょうきん)と諱す。
日本の曹洞宗の第四祖。太祖として尊崇される。
浄住寺・永光寺・総持寺を創建。
仏慈禅師・弘徳圓明国師・常済大師の諡号を賜る。
<生年月日>
文永5年10月8日(1268年11月21日) 〜
<没年月日>
正中2年8月15日(1325年9月29日)〔享年 58歳〕
越前多禰(現在の福井県越前市帆山)の豪族 瓜生氏の長男として出生。
幼名を行生(ぎょうしょう)といい、母親の熱心な観音信仰の影響を受ける。
8歳で永平寺3世徹通義介の下で永平寺に入山。
13歳に永平寺2世孤雲懐奘について出家得度。
名を紹瑾とす。孤雲禅師入寂後、遺命を奉じて再び義介禅師に師事する。
<主な活動>
| 1285年 | ・ 諸国行脚、宝慶寺の中国僧寂円和尚下で修行。臨済宗東福寺、天台宗比叡山等にて参学。 |
| 1288年 | ・ 寶慶寺寂円を再び訪門し、永平寺に帰山。 |
| 1289年 | ・ 三代相論により永平寺を下山した義介禅師に従って加賀大乗寺に移る。 |
| 1291年 | ・ 阿波 城満寺の住持となる。 |
| 1295年 | ・ 義介禅師より嗣法、印可さる。 |
| 1299年 | ・ 大乗寺へ戻る。 |
| 1300年 | ・ 義介禅師の代理として大乗寺にて釈尊以来五十二列祖の機縁を提唱(伝光録)。 |
| 1302年 | ・ 大乗寺2世となる。 |
| 1311年 | ・ 加賀浄住寺を開山。 |
| 1313年 | ・ 能登(現在の石川県羽咋市)洞谷永光寺を開山。 |
| 1321年 | ・ 能登 櫛比庄真言律宗諸嶽寺の寄進をうけ、總持寺と名を改め開山となる。 ・ 後醍醐天皇より「十種の勅問」へ奉答、紫衣を賜る。 |
| 1322年 | ・ 後醍醐天皇より總持寺に「日本曹洞賜紫出世之道場」の綸旨を賜る。 |
| 1323年 | ・ 永光寺 奥に「傅燈院五老峰」建立。 |
| 1324年 | ・ 『瑩山清規』を著わす。 |
| 1325年 | ・ 58歳 永光寺にて入寂。 |
<主な門弟>
明峰素哲、無涯智洪、峨山紹碩、壺菴至簡 など
<主な著作>
『伝光録』『坐禅用心記』『瑩山清規』『三根坐禅説』『信心銘拈提』『十種疑問』『秘密正法眼蔵』『洞谷記』『瑩山和尚語録』
など
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